恋人を振り向かせる方法


そう言った私を、敦哉さんは真顔で見つめた。

「恋愛感情?」

「そうだよ。敦哉さんは、奈子さんを好きなの。それを妹という言葉を使って、否定しているだけ」

そう言い切ると、敦哉さんは考え込む仕草をした。
視線をそらし、握り拳を口に当てている。
本当に自覚がなかったのか。
それとも、少しは心当たりがあったのか。
何かを考えた後、敦哉さんは私に視線を戻したのだった。

「愛来は何で、そんな事を言うんだ?」

「えっ!?」

すっかり油断していたせいか、鋭い質問にかなり戸惑う。
まさか、こちらが聞き返されるとは思わなかった。

「愛来はどうして、俺に奈子をけしかける様な事を言うんだよ。好きじゃないのか?俺の事が」

「ええっ?何言ってるのよ!?」

敦哉さんの質問は、時に突拍子もない内容だったりして、答えに困るものがある。
今だってそうだ。
私が奈子さんへの想いを確かめているというのに、どうして敦哉さんが私へ自分への想いを確かめているのだろう。
すっかり戸惑う私を、いたって真剣に見つめる敦哉さん。
その敦哉さんは、ゆっくりと顔を近付けた。

「敦哉さん!?何をするのよ!」

反射的に体を押し返すと、敦哉さんは不満そうに口を尖らせた。

「何ってキスだよ。愛来こそ、何で顔を近付けただけで、そんなに驚くんだ?おかしいだろ?」

「驚くわよ!今は真剣に、敦哉さんと奈子さんの話をしているところよ?それなのに、何でキスをしようとするの?」

そう強がってみたけれど、本当は胸がときめいている。
キスをされそうになる事が嫌だなんて、そんなわけがない。
だって、私は敦哉さんが好きなのだから。
だけど、どんなシチュエーションでも、常に受け入れる女だと思われるのもシャクだ。
だから、一度は拒否をしないと。
それでも敦哉さんは必ず強引にキスをするはず。
そうしたら、甘くて溶ける様なキスをすればいい。
その方が、数倍気持ちが燃えるのだから。
すると、敦哉さんは思った通りに、もう一度顔を近付けた。
今度は、ちゃんと受け入れよう。
わざとわしく諦めた様な表情で、受け入れようとした時、敦哉さんはやり切れなさを口にしたのだった。

「愛来、思い出を変えて欲しいんだ。ここへ来ても、もう奈子とのキスを思い出さなくていいように」

「え?」

それは、どういう意味なのか、聞かなくても分かった。
敦哉さんは、やっぱり奈子さんを好きなのだ。
だから、この場所が辛い場所でもあるに違いない。
だけど、なぜそこまで頑なに、奈子さんへの想いを閉じ込め様とするのかが、未だに分からなかった。

「なあ、愛来いいだろ?この場所を、愛来との思い出に変えて欲しいんだ」

そう言って、敦哉さんは唇を重ねた。
舌を絡ませながら、強く抱きしめるその心は、本当は誰を抱きしめているのだろう。
それを確かめる必要はない。
今、敦哉さんは奈子さんを抱きしめている。
そして、奈子さんにキスをしているのだ•••。
< 51 / 93 >

この作品をシェア

pagetop