恋人を振り向かせる方法
波の音だけが、よく聞こえる場所だ。
近くには道路だってあるのに、全く車が通らない。
だから、敦哉さんたちがここを隠れ場所にしていた理由がよく分かる。
ようやく唇は離れたけれど、敦哉さんを見る勇気がなかった。
敦哉さんとのキスで、今日ほど切なさを感じた事はないから。
ここでキスをしたのは、奈子さんとの思い出を変える為。
それも、前向きな理由ではないはず。
敦哉さんの中で、無理矢理誤魔化そうとしているのだ。
奈子さんへの恋愛感情はないのだと。
きっとこれから敦哉さんがここへ来て、思い出すのは私とのキスじゃない。
奈子さんを忘れようとする気持ちに違いない。
「愛来、こっちを見ろよ」
いつまでも俯きがちな私に、とうとう敦哉さんが声をかけてきた。
それでも、言葉通りに素直にはなれない。
「何で、見てくれないんだ?」
ゆっくりと優しい口調で問いかける敦哉さんの顔を、ようやく見上げる事が出来たのは、気持ちを閉じ込めておく事が出来なかったから。
「だって敦哉さんの心には、私じゃない人がいるじゃない。その人を想ってされるキスなんて、全然嬉しくない」
すると、敦哉さんは困った様に笑った。
「まだ、奈子の事を言ってるのか。仮に俺が奈子を好きだったとしたら、素直に結婚をしてるよ」
「だから、さっき高弘さんとの結婚話に動揺してたじゃない。ムキになってた。迷ってた!」
自分でも、自分がこんなに嫉妬深いとは思わなかった。
どんどん感情的になっていく気持ちが止められない。
そんな私を、敦哉さんは優しく抱きしめたのだった。
「そんな事はないよ。高弘の事は、奈子に乱暴した経緯があったから、それが引っかかっただけだ。言ったろ?奈子は大事な妹みたいな存在なんだって。あいつに抱いている気持ちは、家族愛と同じなんだよ」
「ウソよ」
「ウソじゃないって。ほら、機嫌を直して帰ろう。ここへ愛来を連れて来たのは、俺の思い出の中へ愛来にも来て欲しかったからだ。ケンカをする為じゃない」
こういう時は、敦哉さんを大人の男の人だと再確認する。
感情的になった私を、穏やかになだめてくれるのだから。
素直に返事が出来ない私は、敦哉さんの胸にしばらく顔を埋めてみた。
その言葉が本心ならば、心底嬉しいのに。
「まだ、機嫌を直してくれないのか?じゃあ、もう一回キスしようかな」
「えっ?」
キスという言葉に、思わず顔を上げる。
どうしてそうなるのかと、突っかかりたいくらいだ。
すると、敦哉さんは口角を少し上げて、不敵な笑みを浮かべた。
「隙アリ」
そしてそう言うと、もう一度キスをしたのだった。
頭の芯から眩みそうな、濃厚なキスをくれた。
そしてその後、私たちが体を重ねた事は言うまでもない。
心の中では、敦哉さんの言葉が半信半疑だったけれど、拒む事など出来るはずもなかった。
結局、セックスで敦哉さんを、繋ぎ止めようとしているのだから。