恋人を振り向かせる方法
蘇る海流との甘い思い出


恋の悩みを打ち明けるなら断然、女友達だと決めていた。
それが一番自然だし、逆に私も相談されたいからだ。
だけど、敦哉さんとの悩みに限っては、それが簡単に出来ない。
なぜなら、今相談出来る女友達といえば亜由美だけ、それも同じ職場だから敦哉さんの本当の立場を話すにはマズイのだ。
ごく普通のビジネスパーソンとして頑張りたい敦哉さんは、周囲に自分が御曹司だという事実を知られたくない。
だから、亜由美には話せないのだ。
かといっても、社外の友達は仕事の忙しさから、とっくに疎遠になっている。
要するに今、恋の悩みを打ち明ける相手がいないという事なのだ。

「お疲れ様でした」

今日も、普段と変わらない仕事を終えオフィスを出る。
敦哉さんたち営業職は、当たり前の様に残っているけれど、それが今はホッとしていた。
奈子さんの事を知ってからも、敦哉さんの態度は変わらない。
夜は当たり前の様に私を抱き、オフィスでも何かと視線が合う。
だけど、私は心の中にモヤがかかった様にスッキリしないから、敦哉さんとの二人きりの時間が少なくなるのは好都合だった。

「愛来!」

エレベーターへ向かう途中で、敦哉さんが追いかけてきた。

「敦哉さん、どうしたの?」

オフィスでは、極力仕事以外での会話はしない。
だから、こうやって話しかけられると、緊張してしまうのだ。
もし、奈子さんの事がなければ、嬉しいのだろうけど。
振り向いた私の手を引っ張ると、敦哉さんは非常口の扉を開けた。
そこは中階段になっていて、エレベーターを使うよりも、歩く方が速い場合などに使っている。
そこへ入ると、扉を閉めた敦哉さんが私を優しい笑顔で見た。

「どうしても、愛来と二人きりになりたくて」

「何言ってるのよ。アパートへ帰れば、いつだって二人きりじゃない」

どうしたというのだろう。
どこか様子がおかしい。
笑顔はあるけれど、いつもの余裕たっぷりな敦哉さんではない気がする。

「そうなんだけど、今夜も遅くなりそうだし、意外と二人でゆっくりする時間がないだろ?」

そう言いながら、敦哉さんは私を抱きしめてきた。

「あ、敦哉さん。打ち合わせ、始まっちゃうんじゃない?」

いくら非常口とはいえ、いつ誰が階段を利用してもおかしくない。
そんな場所で抱き合う自体もリスクがあるというのに、これ以上の事が起きてはいけない。
だけど、体を押し返そうとした私の両腕は、見事に掴まれてしまった。

「打ち合わせまでには、まだ時間があるんだ。それより、少し充電させて欲しいな。今日も忙しかったから、かなり疲れたよ」

「充電?」

言葉の意味が分からずに呆然とする私の腕を、敦哉さんは自分の方へ引いた。

「そう。充電」

そして、抵抗する間も無く唇を重ねたのだった。
それも、わざと音を立てているのではないかと疑いたくなるくらい、静かな階段に唇の重なる音が響く。

「敦哉さん、誰かが来るかもしれないし•••」

何とか唇を離すと、敦哉さんは小さく唇を拭っていた。

「そうだな。愛来の言う通り。だけど、お陰で充電が出来たよ。ありがとう。今夜も真っ直ぐ帰るんだろ?」

「うん。もちろんよ」

やっぱり何かおかしい。
だいたい、今まで真っ直ぐ帰るかなどと聞かれた事はなかった。

「じゃあ、俺も戻る。愛来、気をつけて帰れよ。また後でな」

「うん•••」

敦哉さんは、最後にもう一度唇を軽く重なると、非常口を出て行った。

「やっぱり、変なの」

私が非常口を出た時には、すでに敦哉さんの姿は無かった。
どこか腑に落ちないながらもビルを出た時、

「愛来!」

玄関を出たところで懐かしい声が背後から聞こえ、思わず足が立ち止まる。
ゆっくりと振り向くと、そこには•••

「久しぶり、愛来」

海流が立っていたのだった。
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