恋人を振り向かせる方法


「海流•••」

やり切れない想いが伝わってきて、海流と付き合い始めた頃を思い出してきた。
私たちが付き合い始めたのは、大学一年生の終わりだった。
同じ学部で、授業が一緒になる事が多い海流とは、ずっと友達として仲良くしていたのだ。
その海流を意識し始めたのは夏頃。
社交的で明るい海流は、男女問わず友達が多い人だった。
そんな海流に惹かれはしたものの、自信がなくて告白が出来ずにいた。
そんな時、海流から告白をされて嬉しかったのを、今でもハッキリと覚えている。
だけど、付き合っていく中でも自信が持てなくて、海流が女友達と話しをするのも嫌で、でもその気持ちを伝える事も出来なかった。
どこか心が寂しくて、その上、海流ばかりを考えている自分にも疲れ果てて、大学卒業を機に別れを告げたのだった。
海流が就職で地元を離れる事が決まっていたから、会わずに済む。
そんなズルイ考えで別れを告げたのだけれど、よほど予想外だったのか、取り乱した海流の姿を今でも忘れられないでいる。

「何で別れるんだよ!遠距離になっても、気持ちは変わらないって約束したろ?」

問い詰められても黙ったままの私に、海流の目が赤くなった。
それが私にとっては、罪悪感を感じる一番の出来事だったのだ。

「嘘だったのかよ•••」

そう言われて返す言葉がない。
だって結局私は、その場しのぎの約束をしただけだったのだから。
自分の勇気の無さで、海流を必要以上に傷つけてしまったのだ。
その後、最後に言われたのが、海流が就職の為に地元を離れる日、駅へ来て欲しいという事だった。
もし私が来なければ、その時は完全に諦めると言われた。
それは海流にとって、最後の希望だったのだと思う。
だけど、それに答える事は出来なかった。
だって、分かっていたから。
離れて暮らす海流を、疑うばかりの日々を過ごす事になると。
誰か他の女性と一緒なのか、そんな事を考えるばかりの自分に疲れていたのだった。
だから、行けれなかった。

「ほら、愛来。着いたよ」

いつの間にか車は岸壁に着いている。
あの頃と変わらない静かな場所だ。
我に返り車を降りると、ガーリックの香ばしい匂いが漂ってきた。

「あのイタリアンのお店、まだあるんだ?」

数メートル先には、海流とよく訪れたイタリアンの店がある。
緑色と赤色が基調のカジュアルな店だ。

「そうだな。意外とここも変わってないな。相変わらず、ヘリポートが近い割には、ヘリコプターは飛んでないし」

海流は悪戯っ子のような笑いを浮かべると、私の手を取り堤防までを歩き始めた。

「愛来の手は温かいな」

「当たり前。だって、ずっと海流が握ってたじゃん」

車に乗っている間、海流はこの手を離さなかった。
そして、私も離せなかった。
すると、海流は再び楽しそうに笑ったのだった。

「そっか。俺が握ってたからだよな。あの頃も、こんな風に愛来を温めてあげられたら良かったのにな。寂しい思いをさせただけだった」
< 56 / 93 >

この作品をシェア

pagetop