恋人を振り向かせる方法
付き合っている頃は、そんな言葉を聞いた事がなかった。
だからなのか、それとももう過去の思い出になったからなのか、素直に胸がときめく。
堤防へ着き、海を眺めながら海流が口を開いた。
「俺さ、どうしても納得出来ない事があるんだよな。高弘から聞いてるけど、愛来は何で自分が利用されているって分かってて、敦哉さんだっけ?付き合ってるんだ?」
「えっ!?」
思わず顔を見上げると、海流が真顔で私を見ていた。
「だってそうだろ?俺と付き合っている頃は、女友達と一緒にいる事すら嫌がってたんだ。それが敦哉さんだと、自分の事を想っていなくても付き合えるのは何でなんだ?」
「それは•••」
それは、どうしてだろう?
敦哉さんに利用されていると分かった時には、確かにショックだったし、腹立たしさもあった。
それでも、振り向かせてみせると思えたのだった。
それは、確か•••。
「敦哉さんは、家庭の事情が複雑なのよ。御曹司という立場でも、それは敦哉さんの幸せではない。私が少しでも癒しになれればって、そう思ったの」
思い出す様に一つずつ口にすると、海流は自嘲気味に笑ったのだった。
「何だよ、それ。本当に利用されてるだけじゃないか。そんな奴に愛来を奪われたんじゃ、たまらない」
「海流?」
背筋が伸びる様な怖さを感じて、息を飲み込んだ。
今夜に限って、周りにカップルがいない。
いくら元カレとはいえ、ひと気のない場所へ来たのは軽はずみな行動だった。
と、今さら後悔しても遅い。
海流は私の手首を掴み上げた。
「海流•••、やめて」
顔が近付き、キスをされそうなのが分かる。
海流とのキスを、何より幸せだと感じた事があった。
だけど、今は敦哉さんの顔が浮かび自然と抵抗する。
それでも止める気配のない海流の唇が、際どい距離まで近付いた時、携帯が鳴ったのだった。
「出なきゃ、誰だろ?」
万事休す。
携帯が鳴ったお陰で、海流も離れてくれた。
着信相手が誰かも確認せずに電話に出ると、
「愛来、お前今どこにいるんだよ」
敦哉さんの声がしたのだった。
「敦哉さん!?何で?」
過剰にうろたえる私を不審に思ったのか、敦哉さんの声が低くくなった。
「何でって、愛来がまだ帰ってないからだろ?今夜は、真っ直ぐ帰るって言ってなかったか?」
「あの、それが友達にバッタリ会っちゃって。でも、すぐに帰るから!」
慌てて携帯を切ると、海流が頭を掻きながらため息をついたのだった。
「結局こうか。仕方ないから、今日は諦める。だけど、次は諦めないからな。お前と敦哉さんの付き合いは、どうしても納得いかねぇ」
そう言って海流は、鍵をちらつかせながら車へ向かう。
その後を小走りで追いながら、胸を撫で下ろした。
良かった。
いくらなんでも、あそこで海流とキスをするわけにはいかない。
敦哉さんが助けてくれたのだ。
そう思うと、今すぐにでも会いたくなったのだった。