恋人を振り向かせる方法
「で?いつまでノロケ話を聞かされるんだ?」
騒々しいまでのスペイン料理店で、結局今夜も海流に会ってしまった。
迷う気持ちを持ちながら、人の多い場所で会うという条件を突きつけると、意外とアッサリOKしてくれたのだ。
そして、連れて来られた場所は、このスペイン料理の店だった。
30人ほど収容出来るこの店は、繁華街の外れに位置し、外国人客も多い騒がしい店だ。
確かに、この雰囲気なら変な空気になる心配はない。
若干、落ち着かない感じもするけれど、それは口にはしなかった。
「ノロケ?私、ノロケ話してた?」
「してた、してた。朝から濃厚なキスをしたんだろ?全く面白くない話だな」
海流は、スペイン製と言われるビールを飲みながら、不満たらたらだ。
私はというと、ピンクやブルーの派手なカクテルを飲んでいて、いい酔い加減に仕上がっている。
「そんだけ一応ラブラブなら、今夜出てきて大丈夫なのかよ?」
「一応って何よ。失礼しちゃう。それに、今夜は大丈夫なの。ちゃんと遅くなるって、メールを入れておいたから」
カクテルを飲み干し注文をする。
海流とこんな風にリラックスをしてお酒を飲むなんて、初めてかもしれない。
すると、海流が笑顔を浮かべて言ったのだった。
「何だか変わったな、愛来は。明るくなったし、自信がついてる」
「私、そんなに暗かった?」
海流の笑顔には、今でも胸がときめいてしまう。
その上、そんなセリフを口にされたのだから、ますます胸の鼓動は高鳴った。
「暗いんじゃなくて、どこか遠慮してるっていうのかな?そんな愛来も好きだったけど、あの頃は俺が愛来を変えてやるって思ってたんだ。でも、それは無理だったな」
目を細め、懐かしそうに話す海流に、初めて付き合っている頃の気持ちを一つ、知った気がする。
あの頃は、とにかく自分の気持ちに一杯で、海流の気持ちを知る余裕が無かったから。
「海流が、そんな風に思っていてくれていたなんて、思わなかったよ。というより、私が知ろうともしなかったんだけど」
もしあの頃、海流とちゃんと向き合っていれば、そしてちゃんと気持ちを知っていれば、今頃私たちはどうなっていたのだろう。
そんな想像をして、慌てて頭の中で打ち消した。
そんな事を今さら考えても仕方が無い。
それに、考える必要もない事だ。
そう思うのに、やっぱりかつては好きだった人。
海流を目の前にすると、付き合っていた頃を思い出してしまった。
「ダメ、ダメ」
気を取り直す為に、新しくやって来たカクテルに手を伸ばそうとした時、カバンを引っ掛け、見事に落としてしまった。
「おい、おい。大丈夫か?」
慌ててテーブルに潜り、散らばった小物を拾おうとすると、呆れ顔の海流が手伝ってくれた。
「ごめんね、海流」
あちらこちらに、派手にぶちまけている。
「ダメって、誰を考えてたんだ?俺?それとも敦哉さん?」
「えっ?」
思わず手を止め海流を見ると、一瞬の隙に唇が重なったのだった。