恋人を振り向かせる方法


夕方という時間帯のお陰で、船上から夕陽が眺められる。
初めて、船上パーティーへ来た時に見た夕陽にそっくりだ。
甲板の端で敦哉さんと二人、それを眺めているけれど会話は無い。
どちらからも話しかけられないまま、時間だけが過ぎていく。
バックに流れるクラシックの生演奏が、皮肉に聞こえるくらいだ。
こんな雰囲気になっているのは、自分のせいだと分かっているけれど、やっぱり切ない。
ため息が漏れそうになった時、背後から声をかけられたのだった。

「こんにちは」

この声は、忘れもしない•••。

「高弘さん!?」

「高弘」

振り向きざまに敦哉さんとハモった私は、次の瞬間には青ざめた。
ブラックのスーツ姿をしている高弘さんの隣に、何と同じくスーツ姿の海流が立っているではないか。

「彼は?」

海流の姿に気付いた敦哉さんが、高弘さんに尋ねる。
ここで、私との関係を話されたら困る。
かといって、初対面の振りをしてもいいのだろうか。
良心と打算の葛藤の中で、高弘さんの言葉を待っていると、意外とアッサリ答えていたのだった。

「俺の従兄弟の安田海流。こいつ、雑誌のライターの仕事をしててさ。今夜のパーティーの取材に来たんだ。まあ、あんまり気にするな」

ライター!?
海流は確か、電機メーカーに勤めていたはずだ。
いつの間に、ライターに転職していたのだろう。
海流は敦哉さんに軽く会釈をすると、私にも目を向けた。
何か話しかけられるのだろうか。
緊張で冷や汗が出た時、船内から小走りで駆けて来る奈子さんが見えた。

「敦哉くん!」

薄いピンク色のシフォンの膝丈ドレスを着ていて、絵に書いた様なお嬢様姿だ。
脇目も振らず敦哉さんに向かって来た奈子さんに、高弘さんが呆れた顔でツッコミを入れている。

「見えないのかよ。隣の彼女が。少しは遠慮しろって」

『隣の彼女』とは、私の事らしい。
奈子さんは、私を睨みつける様に見た後、敦哉さんの腕にそっと触れた。

「敦哉くんのお父様たちが呼んでるの。高弘くんも交えて、真剣に将来を話し合いたいからって。私も呼ばれてるから、一緒に行こう」

黙って聞いていた敦哉さんは、動揺する事なく私に目を向けた。
どうやら話し合いは、分かっていた事らしい。

「じゃあ、愛来も一緒に行こう」

当たり前の様に声を掛けてくれた敦哉さんに、奈子さんは間髪入れずに止めた。

「ダメよ!彼女は、私たちの話し合いに関係ないのよ?お父様たちも、望んでない」

「でも•••」

戸惑う敦哉さんに、高弘さんも釘を刺す様に言ったのだった。

「今は、オヤジさんの言う事を素直に聞いた方がいいんじゃないか?」

それには、さすがの敦哉さんも反論出来ず、肩を落として私に言ったのだった。

「愛来、終わったらすぐに連絡する。悪いけど、一人で大丈夫か?」

頷く私に敦哉さんは小さな笑顔を浮かべると、高弘さんたちと船内へ消えたのだった。
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