恋人を振り向かせる方法


三人の姿が完全に消えたのを確認した海流は、私の側へ歩み寄って来た。

「意外と普通だな。俺の予想じゃ、愛来たちはケンカしてると思ってたんだけど」

「似たような事態になってるわよ。それより海流、人目につかない場所で話しをしない?」

すると、海流は一枚の白いカードを見せてきた。

「何?それ」

「船の部屋の鍵だよ。何もしないって約束する。俺の部屋で話さないか?」

それは、さすがに即答出来ない。
なぜなら、海流の部屋で話をするなんて危険過ぎるからだ。
だけど、会話を聞かれたくはない。
それに、もし約束を破られたら、大声を上げればいいのだ。
さすがの海流も、こんな場所で強引な事はしないだろうから。

「分かった、そうする」

海流には、キッパリと言わなければいけない。
もう、あの夜の様にキスは出来ないと。
それに、軽々しく会えないという事も。
海流に案内された場所は、船内では二番目に高いフロアで、デッキに沿って部屋がある。
こげ茶色のドアが並んでいて、さながらホテルの様だった。

「そういえば、私、自分の部屋を知らないわ」

泊まりだとは聞いているけれど、部屋の話には全く触れられていない。

「そうなのか。まあ、後で敦哉さんが教えてくれるんじゃね?どうせ、二人は同じ部屋なんだろうし」

嫌みたらしい言い方で、海流は先を急ぐと、ちょうど中央辺りで立ち止まった。

「ここなんだ」

ドアの前は少し広めの空間があり、その先からは海が見渡せる。
せっかくの景色も堪能出来ないのは残念だ。
海流はドアを開けると、私の背中を軽く押し中へ入れた。
部屋は、ベッドが一つに二人掛けソファーが1脚。
それに、チェストが置かれていた。
海流はソファーに私を座らせると、自分は向かいのベッドへ座る。
『何もしない』という約束を、守るつもりでいてくれるらしい。

「ねえ、海流。一体、いつの間にライターになったわけ?」

「ああ、そういえば言ってなかったよな。転職したんだよ。それでこっちに帰って来たんだから」

「へえ。だから私たち、再会したってわけだ」

もし、海流がまだここへ帰って来ていなかったら、例え高弘さんから私の話を聞いたとしても、再会することはなかったのだろうか。
そんな『もしも』を考えていると、吹き出されてしまった。

「愛来にキスをしたのは、完全に間違いだったな。そんなに嫌そうな目で見るなよ」

「えっ?私、そんなつもりじゃなかったんだけど•••」

顔に出ていたという事か。

「ケンカにはなってないんだろ?だったら何で、そんな嫌悪感のある顔で見てるんだよ?俺は別に、敦哉さんに話すつもりは無いけどな」

「そうじゃないのよ。敦哉さん、本当は何もかも知ってるんだから」

「えっ?」

息を飲む海流に、私は全てを話したのだった。
< 70 / 93 >

この作品をシェア

pagetop