恋人を振り向かせる方法


海流はしばらく視線を外し、何かを考えている様だった。
そして、深いため息を一つつくと、口を開いた。

「ごめん」

「ごめんて?何に謝っているの?」

キスをした事を謝るならやめて欲しい。
謝るくらいなら、最初からしないで欲しいからだ。
例え、それが許されない行為であったとしても、気持ちがあってやった事ならば、私は謝って欲しくない。

「友達に見られた事がだよ。無防備過ぎたなって」

罰悪そうな海流に、思わず笑顔が浮かんだ。
キスを謝ったわけじゃないと分かっただけで、胸がスッキリした気がする。

「何笑ってんだよ。結構、深刻な問題になってるじゃないか」

「ごめん。そんなに怒らないでよ。私ね、海流とキスをした事が、時間を追うごとに罪悪感に変わっていってるんだ」

「そりゃ、そうだろうな」

ますます海流は小さくなっている。
海流に、こんな面があったとは初めて知った。

「それはね、キスそのものにじゃない。海流とのキスに感じたから。感じた自分に嫌気が差す。あの瞬間、流されたのは私だから。海流に謝って欲しいわけじゃないのよ」

そう言うと、海流は小さな笑顔を浮かべた。

「そりゃあ、一応俺たちも愛し合ってたわけだし」

わざとふざけた口調で話す海流に、優しさを感じる。
二人きりのこの空間を、甘い雰囲気に変えない様にしてくれているのだ。
それが分かったから、私もわざとらしく口を尖らせた。

「愛し合ってたって何よ」

私としては、ここでも海流にふざけて欲しかった。
それなのに、急に真面目な顔をされたのだ。

「付き合っていた頃は、俺は全力で愛来を守ってやりたかったんだ。だから、敦哉さんだって本当に愛来が好きなら、守ってやると思うんだよ」

「う、うん。だけど、何で急に敦哉さん?」

何だかんだと言って、海流はけっこう敦哉さんを話題に出す。
その意図が理解出来ない私に、海流はじれったそうに言ったのだった。

「だから、愛来が職場で孤立してるのに、何で敦哉さんはフォローしないんだよ?」

「ああ、なるほど。それが言いたかったのね。敦哉さん、私の事をフォローしてくれてたって、同期の友達から聞いたよ?大丈夫。フォローしてくれているから」

すると、海流はますます苛立った様に、頭を掻いたのだった。

「バカかお前は!もし、本当にフォローしてくれてるんなら、周りはもっと自然にしてるよ。そうじゃないから、愛来に冷たく当たるんだろ?」

「そ、そんな事はないわよ。敦哉さんは許してくれたもん」

必死に主張する私に、海流は頭をゆっくり横に振ったのだった。

「違う。許してくれたんじゃない。敦哉さんは、現実から目をそらしただけだ。心から許してるわけじゃないよ」

海流の言葉には、一理あるかもしれない。
だけど、それを否定したかった。
自分に都合のいい解釈の方を、信じたかったから。
< 71 / 93 >

この作品をシェア

pagetop