恋人を振り向かせる方法
その言葉に、お母さんの顔は険しくなる。
「なあに?今度は、跡を横取りしようとする人の説教?いい加減にしなさいよ。あなたたちの様な人間が、気安く声をかけてくるのが、そもそもの間違いなんだから。とにかく、問題児は必要ない。それが、いくら義理の娘であってもね」
ヒールの音を響かせながら、お母さんは病院を後にした。
ここまで、心無い人がいる事が腹立たしい。
だけど、結局何も言い返せなかった自分に、もっと腹が立つ。
「俺もう一度、奈子の様子を見てくる」
怒りを抑える様に言った高弘さんは、奈子さんのお父さんさえ無視して歩き出した。
「じゃあ、私も。奈子さんの様子を•••」
後をついて行こうとした私を、高弘さんは制止した。
「愛来は、敦哉の側を離れるな。あいつが今、一番側にいて欲しい人間は、お前だよ」
「うん•••」
敦哉さんが、本当にそう思ってくれているのなら、私は側を絶対に離れない。
声はきっと聞こえるはずだから、名前をずっと呼び続けようと決めたのだった。
病院にずっと居たのと、敦哉さんばかり気にしていたせいで、この事故が世間で大々的に報じられている事に気付いたのは、次の日の朝だった。
敦哉さんの側を離れたくなくて、会社に休みの連絡を入れると、上司からテレビで大騒ぎになっていると聞かされたのだ。
マスコミは、どうやって情報を仕入れたのか、恋のもつれの事故だという事と、敦哉さんが新島グループの一人息子だという事を報道しているらしい。
当然、社内も大騒ぎになっている様だった。
「朝から警察が、会社にも来たよ。須藤は気にしなくていいから、側にいてやれ」
上司の好意に甘えて、会社をしばらく休む事にしたのだった。
それに、今私が出勤をすると、迷惑をかけてしまう。
どうやら実家にもマスコミがやって来たらしく、母から心配する電話がかかってきたのだ。
敦哉さんへの想いが、こんな事態を招くなどと想像もしていなくて、困惑するばかりだった。
だけど、ここで落ち込むわけにはいかない。
私はまだ、敦哉さんへ伝えていない気持ちがある。
それに、聞いていない敦哉さんの気持ちもあるのだから。
だから、敦哉さんの回復を信じて待つのだ。
「敦哉さん、今日の様子はどうだろ」
いつも通りに敦哉さんの病室へ向かうと、慌ただしく看護士さんが出入りする姿が見える。
その光景に血の気が引いた。
なぜなら、敦哉さんのお母さんが一人、両手で口を覆って涙を流しながら、何かを見つめているのだ。
それが、良い事態になってはいないと教えてくれている。
「あ、あの!」
慌てて駆け寄ると、私に気付いたお母さんが震えながら指を差した。
そこには、土色になった敦哉さんの顔が見える。
先生が、必死に心臓にショックを与えながら、何かを確認していた。
「容体が、急変したんですって」
お母さんは、消え入りそうな声でそう言った。
「そんな•••。嘘よ!敦哉さん!行っちゃダメ!帰ってきてー!」
悲痛な叫び声も虚しく、それまで規則的な音を立てていた心電図が、一定の高い音だけを流し始めたのだった。
「いやー!敦哉さん!」
まだ、何も伝えられていないのに。
一人で逝くなんて許せない。
「敦哉さん、私を一人にしないでよ!」
私とお母さん、二人の泣き叫ぶ声が響き渡ったのだった。