恋人を振り向かせる方法
エピローグ
あの痛ましい事故から半年。
私は人妻となり、新しい毎日を歩み出していた。
その日々の中で時折、読み返す一通の手紙がある。
それは、二ヶ月前に奈子さんから宛てられたものだ。
奈子さんは、あの事故後、三ヶ月は精神状態が不安定で、会うことすら出来なかった。
その奈子さんから送られてきた手紙を、私は大事に保管している。
「最近は、読み返す事もなかったけど•••」
久しぶりに取り出す手紙。
改めて読み返したくなったのは、きっと私の体の変化にあるのだろう。
後から、確かめないといけない事がある。
貰った時と色褪せていない、薄いピンク色の便箋を丁寧に広げた。
そこには、綺麗な字で奈子さんの思いが綴られている。
『愛来さんへ。愛来さんには、謝っても謝りきれません。いくら、諦めきれない好きな人だからといって、敦哉くんを事故に巻き込んでしまった。その後悔と反省は、時間が経つごとに大きくなっています。私の意識のない時に、母を怒鳴ってくれたんですね。高弘くんから聞きました。すごく嬉しかった。そして、その時分かったんです。愛来さんに敵うわけないんだって。私はいつだって嫉妬と束縛で敦哉くんを、がんじがらめにしていたから。許される事だとは思っていません。だけど、謝らせてください。本当にごめんなさい。愛来さんを傷つけてしまって、ごめんなさい。これからは、自分の人生を自分の意思で進もうと思います。それを教えてくれたのは、愛来さんです。ありがとう。奈子』
そっと封筒にしまうと、チェストに戻した。
「嫉妬なんて、私も一緒だよ」
この手紙を読み返す度に、いつも苦笑いが出てしまう。
「よし!掃除は終わり」
立ち上がりかけた時、目の前が回る感覚に襲われ、思わず座り込む。
「また•••」
吐き気も込み上げ、口を覆った。
「やっぱり、私•••。妊娠した?」
最近、ずっと体の調子がこんな感じなのだ。
思い当たる節もあるし、いい加減に確かめないといけない。
深呼吸をして気分を整えていると、
「愛来ー?お母さん帰るわね」
リビングから声がしたのだった。
慌てて部屋を出ると、既にお母さんが玄関で靴を履いているところだ。
「お母さん、ありがとう。掃除を手伝ってくれて」
「いいわよ、そんな事。だけど、素敵な新居ね。今までみたいな賃貸じゃない分、いいじゃない。あ、そうそう。ここへ来る途中、海流くんに会ったわよ」
「海流に?」
今日は、この辺りに仕事があるのか。
ライターという職業上、いろいろな場所に出没しているみたいだ。
「海流くんを見たら、あなたが久しぶりにうちへ連れて来てくれたのを思い出してね。学生の頃よりイケメン度がアップしてたけど、明るい性格はそのまんまよね」
「ちょっと調子がいいところがあるのよ」
苦笑いをした私に、お母さんは思い出し笑いをしている。
「確かにね。久しぶりの再会だっていうのに、海流くんてば私とお父さんの前で、愛来との事を運命だって真顔で言うんだもの。笑っちゃったわ」
そのエピソードは、何回言われても恥ずかしい。
よく人の親に恥ずかしげもなく言えるものだ。
「愛来は?この後、出かける予定あるの?」
「うん。花を買いに。敦哉さんの好きな花をね」
「そう。それはいいわね」
お母さんは笑顔を浮かべると、帰っていった。
花だけではない。
妊娠も確かめなければ。