恋人を振り向かせる方法
何て穏やかな暖かい日だろう。
空は雲一つなく澄み渡っている。
心地よい風を感じながら通りを歩いていると、ここはかつて敦哉さんが営業で回っていた場所だと思い出した。
すると、途端に懐かしさで胸がいっぱいになる。
「気が付くと、敦哉さんの事ばっかり考えてるな」
苦笑いをしながら、街路樹が並ぶ道を歩く。
新居のマンションは賑やかな通りに面していて、生活をするには便利な場所だ。
最近は、暇さえあれば用が無くても出歩いている。
花屋に寄る前に薬局へ行こうと向かい始めた時、偶然にも海流に会ったのだった。
「あれ?愛来、買い物か?」
スーツ姿の海流は、私を見つけると小走りで駆けてきた。
「あ、うん。ちょっとね」
さすがに、『妊娠をしたかもしれないから、検査薬を買いに行く途中だ』とは言えない。
不確かな事は口に出来ないからだ。
いや、それ以前の問題か。
海流は、曖昧な返事に不審そうな表情を浮かべるも、次には笑顔を戻した。
「さっき、お母さんに会ったよ」
「うん、私も聞いた。まさか、私までここで海流に会うなんてね」
小さく笑うと、海流は口を尖らせたのだった。
「俺に会うのは嫌なのかよ?まあ、いいか。これからアポなんだ。またな、愛来」
「うん。仕事、頑張ってね!」
足早に人混みに消えていった海流の後ろ姿を見送ると、私も薬局へ向かったのだった。
とにかく、検査薬で調べよう。
緊張をしながら検査薬を買うと、花屋へ寄ってマンションへ帰ったのだった。
「なんか、緊張する」
悪い事は何もしていないのに、誰にも知られたくない思いに駆られながら検査をしてみると、想像以上に呆気なく結果が分かった。
「これって、陽性?ということは、つまり妊娠してるって事!?」
見本と比べながら、結果が陽性だと何度も確認する。
夢を見ているのかと思うほど、まるで実感が沸かない。
だけど、自然と顔が緩んでいた。
「本当に、赤ちゃんが?」
ゆっくりとバルコニーへ向かうと、青空を見上げた。
窓を開けると、暖かな風が頬をかすめる。
その風で、花瓶に飾った花が静かに揺れていた。
「敦哉さん、私ね赤ちゃんが出来たみたい。喜んでくれるよね?」
空を見上げながらそう呟くと、目を閉じる。
敦哉さんの笑顔が見える様だ。
一番最初に、伝えたかったから。
敦哉さんへ、一番に報告したい。
穏やかな天気と、妊娠のせいで急激に眠気に襲われた私は、ソファーへ横になり少し眠る事にした。
うたた寝のつもりが、気が付くと私を起こす声で、ようやく目が覚めたのだった。
「おい、愛来。こんな所で寝ていたら風邪をひくだろ?ベッドで寝ろよ」