恋人を振り向かせる方法


敦哉さんは、半年前の事故で確かに『亡くなった』。
その瞬間は信じられない思いで一杯で、ただ泣くしかなかったけれど、次の瞬間に奇跡は起こったのだった。
一度止まったはずの心臓が、再び動き始めたのだ。
私はもちろんの事、先生も驚きで、「奇跡だ!」と何度も言っていた光景が、今でも忘れられない。
その敦哉さんが意識を取り戻したのは、次の日。
ゆっくりと目を開けた敦哉さんが、一番に口にした言葉は、「愛来はどこ?」だった。
あの時ほど感動した事もなく、涙で視界が悪い私は、それでも敦哉さんの手を握って、「ここにいるよ」と言ったのだった。
それからは、敦哉さんの回復能力が驚異の力を発揮し、三ヶ月で完治したのだ。
心配していた後遺症もなく、元気になった敦哉さんは、無事に仕事に復帰した。
隠していた御曹司という立場は知られてしまったけれど、周りにもきちんと伝えたのだ。
跡は継がないと。
敦哉さんは、怪我の完治後に、正式に新島グループの跡を継がない意志をお父さんに伝え、了承される事と引き換えに勘当された。
もちろん、私との結婚も許されてはいない。
だから、結婚式は私の両親だけが出席した小さなものになったのだ。
それでも、十分幸せ。
だって、敦哉さんが生きてくれているだけでいいのだから。

「私、敦哉さんにプロポーズされた日の事、昨日の事の様に覚えてるよ」

敦哉さんの胸の中で、ポツリと呟いた。

「俺も。OKしてもらえるか不安で、緊張してたな」

そう。
あれは、三ヶ月前。
怪我が治った敦哉さんは、私にプロポーズをしてくれた。

『意識がない時も、愛来の声は聞こえてたよ。今まで、俺を支えてくれてありがとう。これからは、愛来にウソなんかつかせないから。いつだって俺を信じて、分かってくれて、意地らしいくらいに想ってくれた。その愛を、これからは結婚して側にいながら、俺にくれないかな?』

まさかのプロポーズに、涙ながらに頷いたのを覚えている。
ダイヤの婚約指輪と、最初に貰った指輪をはめて、幸せのアピールだ。
会社は先月退職したけれど、最後の日に亜由美に謝られたのだった。

『無責任に愛来を責めてごめんね。ずっと、大変だったのに。敦哉さんと幸せになってね』

そう言ってくれた亜由美は、まだぎこちなさが残るのか、それ以上の会話はしてくれなかった。
でもまたいつか、前みたいに仲の良い関係に戻れたらと思う。
そして、何より胸が晴れた出来事は、あの三人組を見返せた事だ。
お約束の化粧室で出くわすと、彼女たちほ悔しそうな表情を浮かべていた。

「あれ?今までの威勢の良さはどこへいったの?」

あえて挑発的は言葉を使うも、三人は黙り込む。
すっかり社内の有名人となった敦哉さん。
その敦哉さんと結婚するという事で、私もかなり有名人になったのだ。
ここまでくると、さすがに嫌みも言えないらしい。
これまでのお返しにと、左手薬指の指輪をちらつかせ、化粧室を出たのだった。
その行動を、我ながら子供ぽかった思う。
だけどそれくらいに、私も浮かれていたのだ。
< 90 / 93 >

この作品をシェア

pagetop