恋人を振り向かせる方法
結局、20時まで寝ていたせいで、夕飯はデリバリーにした。
それだけではなく、洗濯物は敦哉さんが片付けてくれたのだった。
その優しさに感動しつつも、自分を情けなく感じる。
自己嫌悪気味にため息をついてソファーに座ると、心配そうな顔で敦哉さんが隣に座った。
「気分悪いのか?」
「ううん、そうじゃないの。大丈夫、ありがとう」
笑顔を見せると、敦哉さんは納得していない表情で不満げに私を見る。
「じゃあ、何だよ。ため息なんかついて。悩み事があるなら言って欲しいんだけどな」
「悩みっていうか、自己嫌悪。家事もまともに出来なかったから」
すると、敦哉さんは途端に笑い始めたのだった。
「何だ、そういう事か。俺はてっきり、子供を産むのが嫌なのかと思ったよ。家事は気にするなって。体調が悪い時は、お互い支え合えばいい事だろ?」
「うん。ありがとう•••」
笑い飛ばされたけれど、それも敦哉さんの優しさだ。
笑顔を返した私は、次には真顔になった。
「だけど、敦哉さんもだよ?いくら元気になったからって、生死をさまようほどの怪我をしたんだから。あまり無理をしないで欲しいわ」
すると、敦哉さんは優しく髪を撫でてくれたのだった。
「俺は大丈夫。だいたい、奇跡を起こせる男だから。なんて、本当は奇跡を起こしてくれたのは、愛来だよな」
「え?私?」
はにかむような笑顔の敦哉さんは、小さく頷いた。
「愛来の名前、すごくいい名前だなって思ってたんだ。愛が来るって書いて愛来だろ?」
「あっ、本当だ」
改めて言われるまで、全然気が付かなかった。
そういえば、両親から名前の由来を聞いた事がない。
「だけど、俺はそれだけの意味じゃないと思ってるんだよ。愛を来させる、つまり愛来は、愛を貰う事も与える事も出来るって事。奇跡は、愛来が起こしてくれたんだよ」
「そんな、敦哉さん•••」
ヤバイ、嬉しくて泣きそうだ。
すると、敦哉さんは軽くキスをして落ち着かせてくれた。
いつの間に知ってくれたのだろう。
私が敦哉さんのキスで、落ち着くという事を。
「そういえば、昼間に奈子から電話があったんだ」
「奈子さんから?何て?」
敦哉さんの口から、奈子さんが出てきたのは久しぶりだ。
私に遠慮をしているのではないかと思うくらい、全く話に出てこなかったから。
「あいつさ、今日の昼の飛行機で、アメリカへ行ったんだよ。俺に見送られたくないからって、出発直前に電話してきたんだ。ひどいだろ?」
「アメリカ!?また、どうして?」
動揺する私に、敦哉さんは冷静そのものに説明してくれた。
「向こうに、亡くなった産みのお母さんの兄弟がいるらしいんだ。しばらく、そこで暮らすんだって」
「そう•••」
という事は、奈子さんは実家を出たのか。
高弘さんとの結婚話が白紙になったまでは知っていたけれど、まさか日本を飛び出すとは思わなかった。
「ちなみに、奈子の両親は離婚するらしい」
「離婚!?」
それもまた寝耳に水で、思わず声が大きくなった。
「ああ。どうやらオヤジさんはアメリカの親戚に、今回の事故をかなり責められたみたいなんだ。それで向こうが、奈子を引き取る騒ぎにまでなったんだよ。それでようやく気付いたんだろうな。奈子の存在の大きさを。今、離婚調停中らしいから、落ち着いたら奈子は帰ってくるみたいだよ」
そんなに話が進んでいるとは思わなかったから、驚きで言葉を失う。
まさか、両親が離婚するとは、奈子さんも驚きだろう。
ただ、勝手な事を言わせてもらえば、あの人は離婚されて当然だと思う。
だって、全然奈子さんを愛してなかったのだから。
少しでも奈子さんが望む家族が、これから出来たらいいと、思わずにはいられなかった。
「愛来は、余計な事を考えるなよ。何も、心配することはないから」
つい、あれこれ考えていると、敦哉さんに釘をさされた。
それにしても、敦哉さんは私をよく見てくれている。
「うん」
素直に返事をすると、頭を優しく撫でてくれる。
その心地よさに、思わず目を閉じた。