君の温もりを知る

「うん、やっぱお前上手いわ」


愛用の綺麗に磨かれたトランペットの
ピストンをカタカタ言わせながら、
先輩はいつにも増して爽やかに笑った。


「私で上手いなら、
先輩は上手すぎですけどね」

「褒めても何もでねえぞ?吉原」

「いいです、全然。音楽室に戻ります?」

「いや、ちょっと話するか」


そう言って階段に腰掛けたかと思えば、
お前も座れよって言ってぽんぽん
自分の横を叩くので、私もそこに座った。

何だろう。少しだけ怖くもなったが、
大人しく先輩の言葉を待つ。


「お前、最近上の空じゃねえ?」

「そ、そうですかね?」

「俺から見てたらな。何かあったのか?
この先輩に、どーんと言ってみろ」


どんっと自分の胸に拳をあてる先輩。

(悩みなんて、ほぼあなた関連ですよ)

なんて心の中だけで言ってみる。
そんなの、絶対言えるわけ…


「まさか、俺なんかした?」


そんなわけないじゃないですか!


「そんなんじゃないです!ただ…」

「ただ、なんだよ?」

「…ただ、この前先輩が女の人と
帰ってるの見たから、何なんだろうって」


馬鹿、私の馬鹿。

こんなこと言ったら好きがばれても
おかしくないってわかってるのに、
口が勝手に喋っちゃう。

私がこんなに困ってるのを知ってか
知らずか、先輩はあっけらかんと言った。


「ああ、あいつ?ただの幼馴染だよ」

「そうですか。可愛い子だなって思って、
気になってたんです」


嘘は、言ってない。


「ああ、騙されちゃダメだぞ?
あんなの化粧だし」

「いや、化粧でも限界がありますって」

「お前完璧に騙されてるわ」

「な、騙されてなんか…」

「だってあいつ、男だし」


(……は?)

今先輩は、男と言ったか。


「女装趣味のある奴だけど、根は
いい奴なんだぜ?後輩が綺麗って
言ってたって聞いたら
あいつ絶対喜ぶわ、そのまま伝えとく」

「先輩、男の人が好きなんですか…」

「なわけあるか、ぼけ」


あいつも昔は普通の少年だったんだよ。

何千年も昔を見るような目で
どこかを見つめた先輩は、
私の頭を一撫でして、笑った。


「もう悩みは終わりか?じゃあ、
音楽室行くか、吉原」


私の不安はこの笑顔で、
一瞬にして払拭されてしまったようだ。
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