君の温もりを知る
「ーーけび、明日!」
誰かが俺を呼ぶ声がする。
「…るせえな……」
重い瞼をゆっくり開けると、
天井から照らす明かりに影をつくられた
真白の顔が、まず目にはいった。
「なんだよ、貧乳」
「大丈夫?!なんともないの?!」
寝起き早々あんまりうるさいから、
不機嫌なのを隠しもせずに言ったのに
真白は安心しきったように、
はあ、もう…帰ってきたら
すごくうなされてるから…。
看護師さん呼ぼうかと思ったじゃない!
そう言って、ベッドの横に
備え付けられていた椅子に腰掛けた。
看護師さん。
その言葉に、改めて室内を見渡す。
白を基調とした、シンプルな部屋。
それはおなじみの、病室の風景で。
(そうか、俺…)
そこで始めて、俺はここに来る前の
出来事を思い出す。
あまりに咄嗟に体が動いた、あの瞬間を。
「心配かけちまったな…」
「もう!本当だよ!本当に心配した!」
窓の外が真っ暗で、部屋に
備え付けられた時計を見れば
時刻は8時を回った頃だった。
昼間俺があの子を助けてから
ある程度の時間が経ったことは明白。
にも関わらず、俺は相当泣かせて
しまったんだろう、
真白の目はひどく腫れていた。
これまでだって泣いてもおかしくない
場面はいくらだってあったのに、
真白は一回だって俺の前で泣かなかった。
そんな女を、俺は泣かせたのか。
「もう、こんなに心配させないでね」
「ああ、」
「…別に大きな怪我はなかったから、
今夜一晩病院に泊まるだけだってさ」
「すまねえな」
「いえいえ。あと、携帯ちょっとだけ
触らせてもらって
明日の家に電話してみたんだけど、
つながらなくて…あとで自分でも
連絡してみてね」
つながるはずもねえんだけどな。
そう思いつつ、真白の言葉に
返事をすれば、珍しく俺が素直に
聞いていることに驚いたのか、
俺を、本当に大丈夫か?とでも言いたげに
凝視していた。失礼だぞ。
「あの子はどうだった?」
一番気になっていたことを、尋ねる。
「無傷だったよ。その子の親も、
夕方お礼を言いに来てね、
今度ちゃんとしたお礼をするって言って
連絡先置いて行ったよ」
「…そうか、ならよかった」
怪我してたんじゃ、俺が命からがら
助けた意味がないからな。
「明日は、すごいね。
私全然動けなかったから…」
「まあ、お前よか運動できねえ訳ねえし」
「そ、そういう意味じゃなくてだね…」
「そういう意味だろ?なあ貧乳、」
俺の言葉の続きを従順に待つ真白を
横目に、俺は窓の外の月に視線を移し、
一呼吸置いて、言う。
「仮に、あの子をお前が助けたとする」
自分が命かけて守ったって事は
言い換えたらそいつは自分のおかげで
生きてるってことにもなるだろ?
そんな奴が将来、つまらないことに
悩んでたり、自虐的になってたり。
そういうのって、許せるか?
いつもと違って、ゆっくり言葉を紡ぐ。
最後までおとなしく聞いていた真白は
俺の言葉があまりに意外過ぎたのか、
唖然として、何も言い出せないでいた。
「え、ええっと、そうだね…」
考えをまとめながら、一言一言口にした。
「怒りに、行くかも…」
その短いフレーズに、
俺は救われた気持ちになる。
「そっか、だよな。やっぱ」
俺も、そう思うよ。