君の温もりを知る

「あ、そ、そうだ!」


いつもと違う俺を奇妙に思ってか、
真白は新たな話題を振ってきた。


「お医者さんが心配ないって言ったから
一回家に帰ってね、それで…」


持ってきちゃいました。


「…は?」


そう言って、鞄からおもむろに
取り出したのは、懐かしささえ覚える
リコーダーだった。


「ハーモニカも考えたけど、
こんな時間だし、病院だし…
ギリギリでリコーダーかな、と」

「は?だから意味わかんねーって」

「ふ、吹けますよ!そりゃ仮にも
吹奏楽部ですし?むしろ得意ですよ」

「んなこと聞いてねーよ」


そんなもん持ってきて一体何をするのか。

そう問うより先に、真白はリコーダーを
吹き始めた。


「……あ、」


なんの曲かは、俺にもすぐわかった。

誰もが一度は耳にするだろう、
誕生日の歌だったからだ。

リコーダーという単調な音楽ではあるが
ハッピーバースデーの歌詞が
自然と頭に浮かんでは俺の頬を緩ませた。


「……お前、………」


あっという間に終わった心地よいそれ。

真白はしてやったりの顔で、リコーダーを
口から離して、言った。


「看護師さんに怒られるといけないから
ボリュームは出せなかったけど、
なかなかに上手でしょ?」

「…まあまあ、だな」

「……ま、まあ、あの天邪鬼な
明日にしては上々な褒め方だと思っとく」

「ポジティブで羨ましいよ」

「でしょう?あ、もう少ししたら
ご飯持ってきてくれると思うから、
そしたら、買ってきたケーキ…
二人で食べようね?」

「まさかあの真白が
そんなに気が利く女になるとはな…」


やたら"二人で"を強調したのは
置いておいての話だが。

なんて、調子にのるこの女に
言ってしまうのはあまりに面倒だ。


「もっと褒め称えなさい!そして、
ここの病院食すごく美味しいんだから
私にもわけなさい!」

「怪我人相手に食い意地張るんじゃねえ。
……って、お前異常に詳しいな?」

「あ、ああ。私今じゃマシになったけど
昔は体が弱くって。だから、ね…」


あまり深く追求する時間も与えられず、
すぐにやって来た看護師達が
病院食にしては豪華な夕飯を運んで来た。

気分はいかがですか?なんてお決まりの
質問に答えつつ、おかずに手を付ける。

うん、確かに美味い。

それから真白に奪われながらも
あっという間にそれらをたいらげ、
続いて出てきた可愛らしいケーキも


「もっかい吹こうか?リコーダー」

「いや、遠慮します」


なんて会話をしながらすぐに食べ終わる。

少し間を置いて、目覚めてからずっと
気になっていたことを尋ねてみる。


「………なあ、」

「…なんでしょう?」

「いつもみたいに俺のこと聞かねえの?」


昼間『俺のことを知りたい』なんて
大胆なことを言ったのが
全然不思議じゃないくらい、

俺が何故自分にかまうのか、とか
俺が隠してることについて、とか

そういうのを気にしていた。

真白は相当勘が鋭いようで、
俺が思っている以上に何かしら
考えることがあるらしい。


「そ、そりゃあ…気にはなるけど」


今だけは、自重してるんです。

決して目線は合わそうとはせずに

『今日の下着は何色だ?』
『は?いきなり何…』
『言わねえなら見て確かめるぞ。10、9』
『わ、わわわかったよ!言うよ!』
『8、7、6…』
『白です!白!文句ありますか!?』

そんな会話をした時のような表情だった。
この顔は、嫌いじゃない。


「へえ…我慢できたんだな、真白ちゃん。
そうだな、ご褒美に少しだけ話してやる」


まあ、聞いて得する話でもないが。


「ほ、ほんとに…?!」

「ああ、ただし…」


お前の話を聞いてからな。

ベッドに身を乗り出して喜んだ真白を
押し返しながらそう言えば、
真白はむっとむくれながらも
ぽつりぽつりと、話をしだした。
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