君の温もりを知る
「あ、吉原、起きたか」
「先輩…」
目についた天井に、ここが保健室なのだと
すぐに検討がついた。
先生用の椅子に堂々と腰掛けていた先輩は
私が体を起こしたことを確認すると
優しく微笑んでこちらに歩んで来た。
「もう大丈夫か?」
「はい。…先輩、」
「ん?」
「ごめんなさい、練習の邪魔して」
今先輩がここにいるってことは、たぶん
ずっと私についていてくれたってことだ。
先輩は、優しいから。
時計を見ても一時間はゆうに経っていた。
にも関わらず先輩は、何を気にするんだ?
とでも言いたげに笑う。
「昼寝にちょうどいいくらいだったよ」
「でも…」
「いいのいいの、俺保険委員だし」
「……はい…」
「それより、だ」
私の頬に手を添えた先輩は、言った。
「何で言わなかった?」
「え、何を……」
「まだ先生がいた時、吉原が体弱くて、
体育も参加できないんだって言ってた。
…俺、そんなの知らねえし」
「あ、あの…」
「何で言わなかったんだ」
「ごめん、なさい…」
「言わなきゃ、わかんねえだろ」
ーーーごめんなさい。
『真白ちゃん、また休みだってよ』
『また?ちょっと周りより上手いからって
何でも許されると思ってるよね』
『そうそう。この前だって、
練習中に過呼吸起こしたりして…』
『私達の練習時間奪って楽しいのかな』
『最低。きっと病弱だってのも
男子達の気を引きたいがためよね』
『男って馬鹿よね。あんなのに騙されて
可愛い可愛いって騒ぐんだから』
中学時代、病院にいく前に忘れ物を
取りに行ったときに、たまたま
聞いてしまった、それ。
普通に仲のよかった友達二人だった。
(また、同じことしたくないのに…)
「言ってくれなきゃ、守ってやれな…」
「私だって、一緒に体育だってしたいし
合宿だって参加したいのに…」
「…吉原……」
「好きで身体弱いんじゃ、ないのに…」
先輩は、私の頭をその胸に抱きかかえた。
「いいよ、今日くらい何でも言って」
どんな吉原も、俺が受け入れるから。
小さいけれどしっかりと心に響く声。
なだめるように髪に優しく触れる指。
身体が弱い分、心は強くありたいと
絶対に人前で泣いたりなんかしないと
そう決めた、あの日がある。
(でも、ちょっとだけ…)
今日はほんのちょっとだけ、
破ってしまっても、いいですか。
その日私は、久々に人前で涙を流した。