君の温もりを知る

反論さえ飲み込んで



「また、やってるよ…」

「…また?って先輩、あの人のこと
知ってるんですか?」

「はあ?!瀬川を知らねえの?!」

「は、はい…」

「お前と同じ学年なのにか?」

「…はい。そんなに有名人なんですか?」

「ああ。ったく、しょうがねえな…」


そう言いながらも、
わかりやすく説明してくれた。

もちろん、もめている二人の男に
聞こえないように、小声で。


「せがわ あけび。瀬戸内海の瀬と、
河川の川で瀬川。まあ苗字は普通だけど
なんてったって驚くべきは名前で、
明日と書いてあけびと読ませる」

「へえ…、まあ今時なんでも
ありですからね」

「まあ、お前の名前も大概だけど」

「そ、そうですか…?」

「ああ。で、見たらわかるけど
容姿も完璧だろ?バスケ部じゃ入部早々、
エースだのなんだの騒がれる程運動できて
成績も文句無しに良い。

瀬川は『神に愛された男』。
だから、神は瀬川に三物を与えた。

とか二年でも騒がれてるし、
正直、生徒会長とか校長とかより
今有名な男じゃねえかな?」

「それは大袈裟なんじゃ…?」

「だろ?そう思うだろ?でも実際、
お前が知らない方が奇跡なんだって。
どうせ周りがキャーキャー騒いでるのも
ぼーっとして聞き逃してたんだろ」


いいよなあ、ほんと。
俺もあそこまでじゃなくていいから
何か欲しかったよ。

そう笑う先輩に、思わず

(あんたは三物以上の物持ってるだろ!)

って突っ込みをいれそうになるが抑える。

先輩の良さは、私がよくわかってます。


説明を受けている間にも、
渦中の彼らの話は進んでいたらしく
激情した男は瀬川明日の胸ぐらを
掴んで言い方放った。


「白を切るんじゃねえよ!若菜が
明日くんには何されてもいいって
ことあるごとに言うんだぞ!」

「はあ?それ俺何も悪くねえし」

「問答無用じゃぼけえええええい!」

「…っと、校内で問題起こすと
真っ先に部停くらうんで、ね」


ついに殴りにかかった男を、
華麗にかわした瀬川明日は草むらへと
消えて行った。


「おおおい、どこ行くつもりだー!」


追っかけて行った男を横目に、先輩と私は
目を合わせて、ゆっくりと立ち上がった。


「さ、合奏行くか」

「あ、先輩待っ…」


そう愛用のトランペット片手に、
歩いて行く先輩に続こうとするが…


「へえ…お前あいつのこと好きなんだな」


肩に置かれた手は、
その言葉が私に向けてであることを
示していた。
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