君の温もりを知る

「いい加減にしろ!子供か!」

「いいよもう子供でもなんでも!
やらなくていいなら子供にでもなるよ!」

「っせえ!腕にしがみつくんじゃねえ!」

「お願いします、ほんと!ほんとに!」

「じゃかしい!いいから行くぞ!」


腕に張り付いたままの私を引きずって
彼は、中庭の光指すそこへ、向かった。

高確率で宮野先輩が友人とお昼ご飯を
食べている場所である。

無論、今日も四人で楽しそうにしていた。

私の気持ちなんて視野にない明日は
ずんずんそこへ近づいて行く。


「お、吉原じゃん!」


(うわああ!気づいちゃった!)

四人の輪から離れてこっちに駆けて来た
先輩は、可愛らしく微笑んだ。

ご飯はもう食べ終わっていたらしい。


「こ、こんにちは先輩!」

「やっほ!つか、一緒にいるのって…」

「あ、はい、ええと、さっき偶然…」

「いやあこんにちは、宮野さん。
瀬川明日といいます。こいつの友達です」

「ちょ、ちょっと!明日…!」


お願いだから、余計なこと言わないで!


「よろしく…って、俺の事知ってんのか」

「はい、そりゃもう!この前の
校内公演のソロを聞いてファンに
なりまして!よろしければその、
サインでもいただけないかと…」

「え?なんか照れるじゃん。
俺なんかのでよければいくらでもやるよ」


価値なんか保証しねえけどな。

そう言って何故かばっちり準備されていた
サインペンで明日の持つ色紙に
すらすらサインしていた。しかも達筆で。

なかなかに慣れていることが伺える。

明日は有名ではあるけど
如何せん、周りに愛想よくない。

一方、その逆の宮野先輩は廊下で握手を
求められているのも何度か見た事がある。


「おっしゃ、俺、一生大事にします!」


普段これくらい純粋な目をしてれば、
明日も可愛いのに…なんて思いつつ、
「じゃあ!俺は失礼します!」って言って
ほんの一瞬こちらを一睨みした明日が、

(俺がここまでお膳立てして
やったんだから、あとは上手くやれよ)

そう視線だけで訴えてきて、
言葉の通りすぐに去って行き、
残された私はこの場をどうするか考える。

(…さりげなく
『もうすぐクリスマスですね。
桃ちゃんは予定があるのかなー』
なんて言ってみちゃう…?)


「お前、ついこの前まで瀬川の存在も
知らなかったのにもう仲良くなったのか」


(さ、先を越された…!)

しかも話題が明日のこととは。
最悪の事態だ。なんとかしなくては。


「い、いや、あいつが宮野先輩と
どうしても話したいって言うからで。
別に仲がいいってわけでもなくてですね」

「へえ…そう言えば、今年も終わりだな」

「そうですね…。入学したのがついこの前
だった気がします」

「俺も。吉原、入学式の日、すっげえ
気分悪そうだったな。それからすると
今はずいぶんたくましく見えるじゃん。
時が経つのが早いわけだよ」

「ね、年末と言えばクリスマスも
もう少しですね!早い!」


先輩の一言一言が心臓に悪い。
これが自然体ででる人だから憎めない。


「桃ちゃん予定入ってるのかなー?」

「…あれ?まだ予定決めてねえの?」

「はい…って、そういう先輩は?」

「俺もまだ。部活忙しかったしな」

「冬公演までほぼ毎日ありましたからね」

「そうそう。…あ、吉原!忘れてた!」


花壇に座っていた先輩は、
急に立ち上がって私の手を掴んだ。


「クリスマスと言えば!あれだよあれ!」

「……あれ…?」

「あれ!あの有名な金管アンサンブルが
日本公演するじゃん!」


そこまで言われて、私はやっとこの前の
部活終わりにポスターと共に
外部の人が宣伝しに来たことを思い出す。


「…ああ、あのオーストリアの」

「そう!本場だぜ本場!なあ、行かね?」

「……誰とですか?」

「俺と、吉原とだよ」


あっけらかんと言う先輩に、
私は開いた口が閉じられなくなる。


「ふ、二人で…?」

「そ、二人で。…嫌か?」

「いやいや全然!むしろ嬉しいです!」

「だよなあ…いいよなあ。
ヨーロッパの音楽が近場で味わえるなんて
最高だよな。チケットは俺が取っとくよ」

「…はい」


だめだ、だめだ。
嬉しいけど、下心があるのは私だけだ!


「じゃあ、詳しく決まったらメール
するから!楽しみだな!」


結局そのままその楽団について話しだした
先輩は、友達の元に帰ることはなく、
チャイムが鳴り響いてようやく
我に帰ったように、その場を立った。


「わり。話し込んじまったな。またな」


そんなこんなで、私と明日の
『ドキドキ!クリスマスデート作戦』は
思わぬ形で大成功を収めてしまった。
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