君の温もりを知る
不良と女装癖
「……わりい。邪魔が入ったな。
また後で、ちゃんとする」
そう言って立ち上がった先輩は、
勢いよく走って来たその人を
「うっせえんだよ!邪魔すんな!」
負けず劣らずの大声を出しながら、
思いっきり蹴り上げた。
反動でその人は、大きく吹っ飛ぶ。
「…い、痛いわ。相変わらず強いやん」
近くの木にぶつかってしばらく、
ゆっくりと起き上がったその"女の子"は
やや低めの関西弁で
責めながらも、宮野先輩に笑みを向けた。
(…って!女の子?!)
「せ、先輩!女の子じゃないですか!?
こんな乱暴な!」
木に打ちつけられた女の子に近付けば、
宮野先輩は呆れたように言った。
「馬鹿、吹っ飛ばされて笑う女とか、
気が狂ってるとしか思えねえよ」
「でも、こんな可愛い子…!」
「この武術野郎が女とか吐くわ」
「うっさいねん太一!」
「じゃかしい!俺の後輩騙すんじゃねえ」
どうやらお人形みたいに可愛い女の子と
宮野先輩は知り合いらしく、
私に続いてゆっくり女の子に近づいて
そのままその綺麗な髪を掴んでひっぱる。
「待って先輩!それは痛……ってあれ?」
引っ張られた髪はさぞ痛いんだろう、
目を背けたい気持ちを押し込めて
薄目でその光景を見る。すると
「お、男の人…?」
金髪の中から真ん中で分けられている
紫がかった短髪があらわれた。
「前に吉原にも話したろ?
女装癖持ちの友達がいるって」
「ああ、そういえば…」
「早よ返せや!太一のアホ!」
成る程、通りで声も低めなわけだ。
目も大きいけどつり目気味だし、
身長も私より少しだけ高い。
取られたウィッグを取り返して、
手早く付け直す彼を呆れた顔で見ながら
先輩は言った。
「この通り、格好は完璧でも、
口調なり何なりを繕う気もねえ奴だ」
「うっさい!俺はなあ、ただ純粋に
可愛いもんが好きなだけや!
何回も言っとるやろ!」
「はい、こういう奴ね」
「…というか、姉ちゃん誰?」
ようやく私の存在を気にし出したらしい
男の娘は、私の腕を掴んだ。
「俺、高いに坂って書いて『こうさか』、
山岳の岳と生きるで『たける』。
高坂岳生いいます。どうぞよろしゅう」
「馬鹿、吉原の手離せ」
「…うっさいなあ、太一は。
しゃあないから離したるけども」
顔をしかめた宮野先輩にしぶしぶ私の手を
離した彼は、で?姉ちゃんは?
と言って私に再度迫ってきた。
「よ、吉原千桜です。宮野先輩の
部活の後輩で…」
「こ、後輩やと!太一の後輩?!」
「驚きすぎだろ、岳生。お前と吉原は
同い年だよ。高校一年生」
「ほお…吉原さん俺とタメかいな」
改めてよろしゅうな、と会釈されたので
こちらも返す。確かに年上には見えない。
「この時間にここにいるっちゅーことは
太一達もアンサンブルやろ?」
「そう。お前は?今日一人なの?」
「馬鹿言えや。あいつらに金管楽器の
魅力がわかるわけないやろ?
やれロックだの言う奴らやで?」
「あの人達、どうせ暇だからって言って
ついて来そうだけど」
「ああ、…最近は新しいペット飼い始めて
暇なんてこれっぽっちもないんや」
「へえ…珍しく手間かけてんだな。
今度詳しく聞くわ」
目の前で私の知らない話をされて、
私はここにいていいものかと思ったとき。
「開場はしたけどまだ時間はあるし、
太一ほれ、ソフトクリーム買ってきて」
「は?」
「だって、それ美味そうなんやもん。
俺にも俺にも!」
「…しょうがねえな。金は出せ」
「……ケチ」
「あ?何か言ったか?」
大人しくポケットから小銭を出す
高坂くんに、先輩は言った。
「いいか?俺がいない間に、
吉原に何かしたら殺すからな」
「いやん!こわーい!」
「こんな時だけ声高くすんじゃねえよ!」
キモいから!
そう言って先輩はソフトクリームを
買いに行ってしまう。
そうして私と、見た目はお人形みたいに
可愛い女の子な高坂くんは、
二人っきりになった。