君の温もりを知る
「俺、トロンボーン吹き!吉原さんは?」
「あ、ホルンだよ」
「ホルン?なんや、太一の母ちゃんと
一緒やんか」
「先輩のお母さん?」
「あれ、知らん?太一の母ちゃん、
結構業界じゃ有名な音楽家なんやけど」
「へえ…知らなかった…」
「ちなみに父親も音楽家や。
サラブレッドっちゅーやつやな」
自分のことのように誇らしげに語る
横に腰掛けた高坂くん。
私の知らない先輩の話が聞けることに
嬉しくて頬を緩ませていると、
高坂くんは突然、私に問いかけてきた。
「太一はやっぱり親の勧めで始めた
らしいけど、吉原さんは
どういう理由で、音楽始めたん?」
「私、は……」
始めたきっかけって、なんだったっけ。
(あれ、……?)
「…わかんない、や」
「覚えてへんかんじ?」
「うん」
「はは、せやな。気付いたらって
感じやもんな。俺もやわ。
野暮なこと聞いてしもたな、すまん」
「ううん、…私小さい頃から体が
弱くて、それに関係してか記憶も
曖昧なところが多いの」
そんな私の言葉を聞いて、高坂くんが
バツの悪そうな顔をしてしまったとき。
「ねえねえ、そこの君たち!」
「ん?なんや、お兄さん達?」
「暇なら、俺たちと遊ばない?」
見た目は女の子な高坂くんと私に
柄の悪そうな二人の男が声をかけてきた。
宮野先輩はまだ帰って来そうにない。
なんとか、しなくちゃ。
「ごめんなさい。私達これから用が…」
意を決して断ろうと声を出すも、
それは途中でニヤリと笑った男の一人に
遮られてしまう。
「あ?まさか断るなんてことねえよな」
「もし断るようなら、なあ…」
「だったら、何やねん?」
「…ちょっと、痛い目みるかもね」
今まで平然を装っていた高坂くんの
眉が、一瞬ピクリと動いた。
「…はは、すんません。お断りしますわ」
「本気で言ってる?それ」
「嘘なんて言うわけないやろ?」
「…こっちが下手に出てやってんのに、
女ごときが態度がでけえんだよっ!」
怒った男が高坂くん目掛けて拳を
振り上げた。
が、高坂くんは華麗にかわした。
「遅い、遅いで!お兄さん!」
「…んだと、この女ぁ……!」
「はっはっは、何度やっても
同じことっちゅー話や!いい加減諦めや」
「……この野郎…」
簡単に避けられ続けた男は、
相当プライドが傷つけられたのだろう、
心底悔しそうに拳を握りしめ、
ターゲットを高坂くんから変えて、
こちら目掛けて殴りかかってきた。
(……って、私?!)
私を一点に睨みつけている男は
気付いた時にはもう目の前で。
生憎、私は高坂くんみたいな
運動神経もない。もうだめだ、と
目を瞑った、その瞬間。
「…真島流奥義……」
そんな声が聞こえたかと思うと、
すぐに大きくて鈍い音が辺りに響いた。