君の温もりを知る
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誰かが立ち上がった。
「ブラボー!!!」
それから感極まった人たちが、
次々と席を立ち、拍手喝采を送った。
誇らしげに礼をした指揮者と
それに続いて礼をする後ろの音楽家達。
コンサートは素晴らしいもので、
特に、ラストの一曲はすさまじかった。
私も、席を立って拍手を送る。
「先輩、すごかったですね!」
演奏中は、これまで一日ずっと
していた緊張ごと
先輩がいることを忘れるほどまでに
一つ一つの音に集中していたが、
終わってやっと先輩に声を掛けると、
周りが総立ちしているなか、
先輩だけが座り込んで、未だに
幕さえ下がってしまったステージを
ただひたすらに見つめていた。
まるで今まで忘れていたものを
突然思い出したかのような
その初めて見る表情に、思わず私は
何かを問うことさへできなくなる。
周りの人がぞろぞろと帰って行くなか、
私は先輩の横に座り直した。
「………吉原、」
視線はそのままに、先輩が言った。
「お前、夢とか…あるか?」
突然の質問は、私には
いささか難しい質問だった。
少し悩んで、ゆっくりと答える。
「職業はまだわからないんですけど…
家族と一緒に、ずっと笑ってられたら
って、心からそう思います」
私がそう言うと、ずっとステージを
見据えていた先輩がようやっと
私を見つめた。
その目は、見開かれている。
「お前、よくそんな可愛いこと言えるな」
「…え、?」
「普通は恥ずかしくて言えねえよ」
「そ、そういう先輩はどうなんですか?」
「…そうだな……」
視線を戻し、先輩が口を開く。
「俺は……」
「たいちいいいいいいいいいい!」
「……はあ、これがデシャブか」
ため息をついた先輩が、ついさっきまで
ほぼ満席だったのに、もうほとんど
人のいないホールに響いた声と、
足音の元凶を振り返って睨みつける。
「お前は一回、生まれ変わってこい」
ホール内は指定席だった関係で
席が遠かった高坂くんは、
短いスカートをひらひらさせて、
そのままこちらまで走ってきた。
「はあ?!それ、要はいっぺん
死んでこいっちゅーことか!!」
「俺はそのつもりで言ったけど」
「ひっどいわ太一、ええとこ悪いけど
ホール閉まってまうで?」
高坂くんは、何故か勝ち誇った笑みで
宮野先輩の肩を叩いた。
「さ、帰ろか?二人とも」
「……しゃあねえな」
「あ、太一えらい不服そうやな!
吉原さん、俺と二人で帰ろか!二人で!」
「はあ?!ぜーんぜん不服じゃねえよ!
てかなに吉原の手触ってんだバカ!」
警備員さんの視線も気にせず
そうやって騒ぎながら、
ホールの外へと歩みを進めた。