君の温もりを知る


「…返事は?」

「……わ、わかったよ…!」


私の答えに満足したのか、ようやく
離れてくれた瀬川明日。


「あとその、さっき言った『神に
愛された男』ってやつ、やめろ。
だせえし、それ嫌いなんだよ、俺」

「あ、ごめん」

「わかればいい。あの男が言ってた通り、
吹部は今から合奏なんだろ?」


(そ、そうだ!合奏…!)

我に帰って耳をすませば、どうやらまだ
合奏は始まっていないようで、
チューニングやら音出しやら自由に
しているのが聞こえた。

私にしてみれば、とても長く感じた時間も
実際はそれほど経ってはいないようで。


「うん、私行かなきゃ。バスケ部は?」

「あと二十分したら試合形式の練習だと。
それまでは自主練だからな」

「あ、そうなんだ。じゃあね!
…って、まだ何か用?」


去ろうとする私の手を掴む瀬川明日。

振りほどこうとするも、
先程迫られた時同様、力強くて敵わない。


「このまま逃げて、なかったことに
するつもりなの、バレバレ」

「…やっぱりだめ?」

「お前マジで犯すぞ。連絡先教えろ」


俺は冗談は言わねえ男なの。
そう可愛く言うのが似合うから憎い。

逃がす気がないのは本当らしい。
いい加減、腹をくくりますか。


「…頭いいんでしょ?
今から口で言うから、すぐ覚えて」

「は?なんかに書けよ」

「あんたも私も書く物持ってないでしょ」

「女子力ねえな…。ほら、覚えてやるよ」


うちの学校は携帯の持ち込みは許されても
入る時に預けなくてはいけないので
こういう不便なことが多々ある。

まあ、成績優秀とは本当らしく、
二回言えば覚えてしまったらしい。

感心しつつも殴りなくもなった。


「名前は…、」

「ましろ。真実の真に、白で吉原真白。
お前の名前も十分珍しいよな」

「え、なん…」


(なんで、名前を…?)


「ほら、合奏始まんぞ」


ぽん、と半ば無理やりに背中を押される。

転びはしなかったけれど、
文句を言わない理由がわからない。


「ちょっと!瀬川…あれ?」


いない。

背中を押されたのなんて
ついさっきなのに、もうそこに姿がない。


「せがわ…あけび……、」


(なんて強引で、逃げ足の早い奴…!)

合奏も始まるから、木の根元にタオルの
上に置いてあったホルンを取り、
ファの音を一つ。

緑溢れる中庭に、少しだけ低めに響いた。



[第一章]

(お、遅かったな吉原!転けでもしたか?)
(ちょ、先輩!転けてはないです!)
(…なら何だ?なにしてたんだよ)
(あ、ちょっと"獣"に巡り合って…)
(獣?!あとでそこ連れてってくれよ!)
(あ、はい!(可愛いなあ…先輩))



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