唯一の涙
試合開始を告げる審判の野太い声に、真新しい風が吹く。
待ってましたとばかりにグラウンドを切り裂くのは、蓮見先輩達のトランペット。
「矢野ーー‼‼」
うちは先攻。
力みのないフォームで矢野先輩はバッターボックスに立った。
「ーーーっ」
初球。
振り遅れた打球は頭上高く打ち上がり、ピッチャーのミットに吸い込まれた。
あっという間にワンアウト。
ベンチにいる誰もが息を飲んだ。
悔しそうにグリップを握る矢野先輩と入れ替わるように、高梨先輩がバッターボックスに入る。
「……相手のピッチャー」
私の隣に腰を降ろしていた矢野先輩が、独り言のように呟いた。
消え入りそうな小さな声。
だけど、矢野先輩の声は確かに耳に届いていた。
「かなり、手強いぞ。前と違う」
「違うって……どう違うんスか?」
水野先輩に目を向けることはなかった。
ただ、何かを見据えるように遠くを見詰める。
「手元で伸びる。あのスピードで低めに来られたら、いくらお前でも詰まるぞ」
ーー金属音。
矢野先輩に集まっていた視線が一斉にグラウンドに向いた。
「ーーーアウトッ」
セカンドゴロだった。
言いようも無い嫌な空気が、ベンチに漂ったのを、私は見逃さなかった。