唯一の涙
「白石……先輩」
あんな白石先輩、初めて見た。
ずっとヘラヘラ笑ってて、何も考えていないように見えるのに、本当の白石先輩は誰よりもみんなの事を考えてるんだ。
考えて、考えて……だからこそ、笑うことを選んだんだ。
そうすれば、誰も傷付かないと知ったから……。
「河原」
背後から呼ばれる。
振り返らなくても、私にはこの声の持ち主が分かった。
「水野先輩」
水野先輩は淡く微笑むと、外を指差した。
「ちょっと抜けようぜ。少しぐらいなら、誰も気付かないだろうからさ」
「そう、ですね……」
何か、嫌な予感がする。
どうしてだろう。いつもの水野先輩じゃ考えつかないぐらい、先輩が先輩じゃない。
水野先輩に手を引かれながら、私達は外に出た。
「暑いな……」
残暑が厳しいこの時期は、じっとりとしたような湿った風が吹く。
水野先輩と私は外のベンチに腰掛けた。
暫く、無言が続く。
出しっ放しにされた風鈴が、風に揺らされて軽やかな音色を奏でた。
「河原……」
水野先輩が、重い口を静かに開いた。