唯一の涙
何も言わなかった先輩の手が、肩に触れる。
そのまま私は先輩に抱き締められた。
言葉がない分、先輩の腕が……鼓動が、私に語りかけてくれる。
『今までよく頑張った』って……『もう、無理しなくて良いんだ』ってそう言ってくれてるようだった。
その瞬間、今まで私を縛り付けていた何かが、ふっと緩む。
重い鎖が解けて、漸く自由が私に与えられたんだって心の底からそう思えた。
「…俺は強くないから、何もしてやれないけど。せめてこう言う時、側に居させてくれ」
先輩の腕の力が強くなった。
私もそれに応えるかのように、強くしがみつく。
「苦しみも悲しみも、俺が受け止める。だから、そんな顔で笑わないでくれ」
「先輩……私」
それ以上の言葉が出なかった。
言いたい事がまだまだたくさんあるのに。
言いたい言葉が後から後から数珠繋ぎになっては、喉の奥で消えていく。
もう直ぐ、この温もりも感じられなくなる。
そう思うと、堪らなく悲しかった。
両親との関係よりも、先輩との別れの方が辛いと思うのは、どうなんだろう。
私は一人、先輩の首に腕を回した。
今を、この瞬間を、身体中に刻み込みたいという一心で……。