唯一の涙

相手に連れて来られたのは、銀杏の木で囲まれた中庭だった。
開けられた廊下の窓から、誰かの話し声が聞こえてくる。


「話…って」


私はさり気なく距離を取って、訊ねた。


相手……小山くんは、困ったような笑顔を浮かべて、頭の後ろを掻く。
その仕草が、見ていて辛かった。


これから何を言われるのか、どんな結末が待っているのか……。
私は分かっていたのだから。


「もう分かってるみたいだけど……俺さーー」


真摯な眼を向けられて、私は立ち尽くす。
小山くんの声を聞きながら、自分の勘の鋭さを恨んだ。


「河原のこと、好きなんだよね」


「ーーうん」


一歩距離を詰められたけど、私たちの間はまだ遠い。


この距離が、私の小山くんに対する気持ちなんだって、伝わって欲しかった。
でも、現実はそう簡単なものじゃなくて、きちんと言葉にしなければ相手には伝わらない。


私は一旦目を伏せると、水野先輩の顔を脳裏に浮かべた。
今、一番逢いたい人。


彼を思うだけで、一喜一憂してしまう。


自分以外の誰かに振り回されるのは嫌いだった。
けれど、相手が先輩なら全然苦にはならない。むしろ振り回されるのが、他の何よりも幸せな時間なんだ。


それほどに、私は水野先輩のことを思っているんだって思い知った。


「小山くん……私ね、水野先輩のことが好きなんだ」


それは、この先ずっと、変わることのない事実。


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