唯一の涙
「私達はね、小さい時から一緒で、隣にいて当たり前!って……そんな仲だったの。
でも、季節を重ねて、大きくなっていくうちに、どんどん彼のことを意識し始めた。
気付いたら、仲の良い幼馴染みから私の彼氏になってたわ」
その時のことを思い出したのか、薄っすらと頬を染める。
茜さんってもう四十歳くらいなのに、私と同じで、恋を楽しむ女子高生みたいだ。
「それから大学を卒業して、すぐに結婚したの。
あの花はね、彼がプロポーズの時に指輪と一緒にくれたのよ。
普段花屋なんて行かないもんだから、どんな顔して買ってきてくれたんだろうって……嬉しかった」
茜さんの睫毛が光って見えた。
アルトぐらいの心地いい声も、今は少し震えている。
泣いてしまいそうなのを、堪えているようだった。
やっぱり、茜さんは旦那さんと別れたくないんだろうな。
まだ恋してる。こんなにも相手のことを想っている。
なら、どうして。
【離婚】という選択をしてしまったんだろうか。
「私達ね、あんまり長く一緒にいたものだから……お互いを知りすぎちゃったの」
茜さんは泣いてしまいそうになるのを誤魔化すように、アルバムを持って戸棚に仕舞いに立ち上がった。
立ち上がった拍子に、カタンと机が揺れる。
飲み残した私の紅茶の水面が波打った。
「嫌いじゃない……嫌いになんてなれるわけない。でも、一緒に居られないのよ。一緒にいると、何だか自分が可笑しくなってしまいそうで……」
茜さんの背中。
いつもならその背中が大きくて、輝いて見えるけど、今は違った。
頼りないって言うか、震えているっていうか。
うまく言えないけど、見るのが辛かった。
「彼も私と同じだったのね……別れを切り出したら、あっさり頷いたの。私は彼を愛してる……彼も私を愛してる」
茜さんはゆっくりと振り返ると、淡い微笑みを浮かべて、
「でもその愛が……何よりも私達を苦しめたのよ」