唯一の涙

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「ただいま…」



怖いほど静まり返った家には、私以外誰住んでいない。



それでも【いってきます】と【ただいま】を言うのは昔からの癖だった。



誰かからの返事を期待しているわけでもないのに、すっかりと習慣になってしまっている。



もちろん両親は健在している。



ただ、一緒に住んでいないだけ。



父は船乗りで、一年に数回しか家に帰ってこない。



母さんも一緒。
バリバリのキャリアウーマンとして、日本から遥か遠い、海外で働いている。



一人っ子の私は、いつもこの大き過ぎる家で暮らしていた。



少し前まではお婆ちゃんがいたんだけど、一昨年癌で死んでしまったから、今は本当に一人だ。



大好きだったお婆ちゃんを亡くしたのは、辛かったけど。



泣き言なんて言っている暇はなかった。



これから一人で留守番になってしまう私を心配する両親に【私は大丈夫だよ】って諭す毎日。



時々、私が大人だったら……生まれてこなければ……。



両親がこんなに悩むことは無かったんじゃないかと、思うんだ。



二人とも自分の仕事を誇りに思っているから、その仕事を私なんかの為に辞めて欲しくない。



両親の障りになるのだけは、どうしても嫌だった。





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