唯一の涙
「知りたい、か……君って図々しいよね。人が引いた一線を無視して越えようとするなんて。しかも土足なんてさ」
「土足厳禁だったなら謝ります。だから……」
石神先輩は眼を閉じて、大きく息を履いた。
私に呆れて吐いた溜息なのか、それとも自分を落ち着かせるための深呼吸だったのか、分からないけど。
私は石神先輩の言葉を待つことにした。
「もう十年も前になるかな、両親の仲が悪くなったのは…。原因は知らない、知りたいとも思わなかった。二人の問題だ、自分には関係ないって言い聞かせて、眼を向けようとしなかった」
先輩はゆっくりと語り出した。
私は先輩の一字一句、すべてを聞き落とさないように耳を傾ける。
「そうして三年ほど経ったある日、母さんがいなくなった。
父さんと二人であちこち探し回ったけど、見つからなくて……。
母さんの知り合いや仕事仲間に、手当たり次第に掛け合ったけど、何も掴めなくて、ついには八方塞がり。だけど、母さんが行方不明になって何日目かの夜、一本の電話が来たんだ」
先輩の声が震え始めた。
私は咄嗟に先輩の手を握り締める。
《ーー大丈夫だよーー》
そう先輩に伝えたかった。
先輩の手がピクリと小さく撥ねる。
逃げようとする手を私は強く、そして優しく包み込む。
先輩は一度私と眼を合わせると、僅かに微笑んでみせた。
先輩の手から力が抜ける。
先輩はまた話し始めた。