唯一の涙
ワイワイと騒ぐ二人は置いといて、私は隣の人を覗き見た。
隣の人は言わずもがな。
水野先輩だ。
「河原。いよいよだな」
「相手は去年うちと接戦だった学校ですよね?大丈夫、勝ちますよ」
何の根拠もない自信が、私の中にあった。
水野先輩はちらりと私の顔を見ると、笑って頷いた。
「最高の試合にしような」
「はいっ‼」
その会話を最後に、先輩は眼を閉じた。
寝ているわけじゃない。きっと集中してるんだ。
直感でそう思った。
先輩と私はどちらともなく、手を重ねる。
お互いの体温が、何よりも心を落ち着かせた。
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「降りた奴から、各自ストレッチ。河原と……錦。お前たち二人は吹奏楽部と最後の打ち合わせをしておいてくれ」
「「「はいっ」」」
試合会場に着いた瞬間、私達に素早く指示を出していく藤堂先生。
先生が降りたのを確認すると、一斉に座席を立った。
「………」
どうしよう。
これは、どうするべきなんだろう。
皆がどんどんバスから降りて行く中、私は席を立てないでいた。
なぜなら……
「……先輩っ、速く行かないとっ……手…離して……」
先輩に手を掴まれたままだから。
「夏希〜?河原ちゃんも、降りひんの?」
「雷落とされるよ、藤堂先生に」
御最もな意見です、白石先輩、石神先輩。
でもね、立てないの。分かる?
先輩の手を引いても、先輩が手をはなすことはなかった。
それどころか、さっきよりも強く握られた。