唯一の涙
「俺ら、最後に降りるから。みんな忘れ物してたら洒落になんねぇだろ?」
水野先輩の言葉に白石先輩達は少し考える素振りを見せて、納得したのか黙ってバスから降りた。
バスの中にはもう、私と水野先輩しかいない。
「あの、先輩……!?」
突然視界が真っ暗になった。
感じるのは、頭に何かを乗せられたという違和感。
これ、先輩の野球帽?
何で……私にこれを被せるの?
視界を晴らそうと野球帽に手を掛けようとしたら、それよりも先に先輩に引き寄せられた。
ふわりと香る大好きな先輩の香り。
「ーーんっ」
唇から感じる、自分とは別の温もり。
微かに視界に入る、どアップの先輩の顔。
唇は三秒程で離れて、そのまま抱き締められた。
あまりの展開に、頭がついていかない。
フリーズしたまま、私は先輩の腕の中で立ち竦んでいた。
「……御守り。これでもう、俺たちの勝利は確実だから」
先輩はそう言うと、私を離した。
少し赤く染まった頬を片手で隠しながら、私の手を引いてバスを降りる。
「ーー河原‼遅いよ、吹奏楽部、全部着いてセッティング始めてるぞ」
慌てた顔をした錦君が駆け寄ってくる。
先輩は私の背中を優しく押すと、自分の向かうべき場所に歩いて行った。
「ごめん、錦君。今から行こう」