唯一の涙

ーー快音。



初球は、見送りだ。
選球眼が人一番良い先輩でも、あのピッチャーのストレートは目を見張るものらしい。



だけど、水野先輩を見くびらないでよ。



確かにあのピッチャーのストレートは、うちのピッチャーである仁科先輩より断然速いけど、ただ速いだけの球ならーー。



ーーキンッ‼



水野先輩は、確実にバットに当てちゃうんだ。



「ファールッ」



たとえ前に飛ばなくても、ファールで粘れば、相手に少なからず焦りを与える筈。
それにずっと投げてたら、人間誰でも疲れるしね。



相手が人間じゃなければ別だけどね。



それから、何度目のファールを打ち終え、漸く相手ピッチャーに焦りが生まれた。
さっきまでのとはまるで違う、甘めの球が放たれる。



ーーキンッ‼



「飛んだっ‼」



打球はライトの遥か後ろでバウンドする。
結果はツーベースヒット。



試合の流れが変わるのを、全員が感じた瞬間だった。



「良いぞぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁあ」



白石先輩がこれでもかと言うほど叫ぶ。



煩いよ、白石先輩。



今の絶対メガホン必要なかったと思う。
地声で十分だって。



5番の仁科先輩に、先生がサインを送る。



なるほど、飽くまで一点先取を目指したいわけね。



仁科先輩はバットを横に構えた。



ーーバントだ。



ボールがバットに当たる瞬間、水野先輩は走り出す。



サードにボールが放たれるが、審判はセーフと両手を広げた。



歓声が上がる。





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