唯一の涙
水野先輩はまだ遠くを見据えたまま。
たった数歩先にいる先輩が、なぜか遠く儚い存在に感じられる。
「また緊張してるんですか、先輩」
「いいや」
ただーーと、呟いて先輩はぐっと眼を瞑ると、淡く微笑んだ。
「今度の試合が先輩たちにとって最後の試合になるかもしれない。その時俺は、ちゃんとした形でプレー出来るのか……って思ってさ。」
スタメンに入れるのは、普段の練習や試合で藤堂先生の眼を引いた人達。
先輩も後輩も、一切関係ない。
だけど。
水野先輩は先輩を蹴落としてスタメンを勝ち取ったと言うことに、引け目を感じているのか。
……まさかね。
そんなこと思ってたら、スタメンになれなかった先輩達から袋叩きにされてるだろうし。
「気負いは自分だけじゃなく、チーム全体にも影響を与えますよ」
空いていた私と先輩の距離を、静かに詰めていく。
「次が最後の試合?笑わせないでください。私達の夏はまだ始まってません」
スタート地点にすら立ってないっていうのに。
こんなところで何、感傷に浸ってるのよ、この人は。
「ーー甲子園です。私達のこれからは、そこに立ってやっと、始まるんです」
夏は長い。
私が思っているよりも、先輩が思っているよりもずっとずっと長く、熱いんだ。