永久にだきしめて(短編)
王の部屋を一礼して出ると姫は駆け出したい衝動にかられたが、喜びを顔に出さずにフリップの部屋を目指した。
今日の試合で彼は左腕の骨を折ってしまっていた。
姫が戸を叩き、中の声を確認せずに入ると首からかかった布で左腕を固定しているフリップと目が合った。
「いかがなさいました」
「朗報よ! お父様がわたくし達の婚約を発表してくださるそうよ!」
フリップは驚き、目を見開いた。声は出ない。
「……嫌、なの?」
「滅相もございません! 大変嬉しいです」
「全然伝わらない」
まるで他人行儀なフリップの反応が姫には不服だった。
拗ねてフリップから顔を逸らす。
「怒らないでくださいよ」
「だって、……本当はわたくしと結婚したくないのでしょう?」
「どうしてそのようなことを」
顔を窓の方に向けたまま、姫は黙り込んだ。
ひどく心配性で、すぐ拗ねるわがままな彼女の背中からフリップは右腕を回す。
その顔は困っているのに笑みが零れている。
こうして振り回されるのにも慣れていた。
その度に身体を寄せて姫を安心させるのだ。
「申し訳ありません」
突然の謝罪に姫は身体が縮む気がした。
「な、なんのこと!」
――まさか、と嫌な予感が過ぎる。
恐怖でフリップを見られない。
「今は左腕が動かないので貴女を抱きしめられません」
「そんなこと! ……別にいいのよ。それよりも喜んでいるの?」
「もちろんです」
右腕の力が強まる。
言葉よりも何よりもこの手が一番信頼できる。
姫の立場になると周りの者は口達者で平気で嘘を吐く。それゆえ、彼女は言葉を信じられなくなっていた。
けれども、こうした触れらながらの愛の言葉だけは信じた。
フリップ限定ではあるが。