昼下がりの科学準備室で





行き場を失った私は、ただ、一歩、また一歩と距離を詰めてくる先生を、待ち構えることしかできない。
ただじっと床に伸びる先生の影と、近付いてくる大きな靴を見て、私たちの距離を確かめていた。



「山本」



名前を呼ばれ、また無意識に背筋が伸びる。
ついでに、俯いていた顔まで上を向いていた。

先生の顔はすぐそこ。

大きな身体で、しゃがみこむ私を包むように、屈んでいる。
先生の影が、私の顔に落ちた。



「やっぱ、山本だ」


「・・・・・・・」


「返事くらい、しろ」


「は、はい・・・・」



この距離で、やっと私の顔が確認できたのか。
眼鏡がなくても、笑った顔は相変わらず眩しい。



「お前さぁ・・・・」



先生は、視線をあちこち動かして、まず何から話そうかと考えている様子だった。



「さっき、コケただろ、大丈夫か?」



まず、私の心配をしてくれた。
やっぱり、いつもの先生だ。
私は、黙って頷く。



「そっ、か・・・よかった・・・」



この距離で、そんなほっとしたような笑顔を向けるなんて・・・反則だ・・・

この距離というだけでも、呼吸困難で倒れてしまいそうなのに。



「それと・・・眼鏡」



あ、やっぱり。

先生は、もう私が逃げないと悟ったのか、私を包み込んでいた腕を解放して、私と目線を合わせるように、目の前にしゃがんだ。

そして、右手を差し出す。
まるで、飼い主が犬に「お手」をやらせようとするみたい。



・・・・・・・・・・





・・・・・・・・・・




「・・・・嫌です」



って、あれ・・・・?
今言ったの、私・・・?

でも、確かに口は、そう動いた。
まるでいつもの私とは違う、はっきりとした声で。




< 13 / 20 >

この作品をシェア

pagetop