昼下がりの科学準備室で
行き場を失った私は、ただ、一歩、また一歩と距離を詰めてくる先生を、待ち構えることしかできない。
ただじっと床に伸びる先生の影と、近付いてくる大きな靴を見て、私たちの距離を確かめていた。
「山本」
名前を呼ばれ、また無意識に背筋が伸びる。
ついでに、俯いていた顔まで上を向いていた。
先生の顔はすぐそこ。
大きな身体で、しゃがみこむ私を包むように、屈んでいる。
先生の影が、私の顔に落ちた。
「やっぱ、山本だ」
「・・・・・・・」
「返事くらい、しろ」
「は、はい・・・・」
この距離で、やっと私の顔が確認できたのか。
眼鏡がなくても、笑った顔は相変わらず眩しい。
「お前さぁ・・・・」
先生は、視線をあちこち動かして、まず何から話そうかと考えている様子だった。
「さっき、コケただろ、大丈夫か?」
まず、私の心配をしてくれた。
やっぱり、いつもの先生だ。
私は、黙って頷く。
「そっ、か・・・よかった・・・」
この距離で、そんなほっとしたような笑顔を向けるなんて・・・反則だ・・・
この距離というだけでも、呼吸困難で倒れてしまいそうなのに。
「それと・・・眼鏡」
あ、やっぱり。
先生は、もう私が逃げないと悟ったのか、私を包み込んでいた腕を解放して、私と目線を合わせるように、目の前にしゃがんだ。
そして、右手を差し出す。
まるで、飼い主が犬に「お手」をやらせようとするみたい。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
「・・・・嫌です」
って、あれ・・・・?
今言ったの、私・・・?
でも、確かに口は、そう動いた。
まるでいつもの私とは違う、はっきりとした声で。