昼下がりの科学準備室で
先生は、人の心を掴むのがうまい。
一度掴まれたら最後。
もう、落ちていくしかない。
「コーヒー飲む?」
私のお弁当箱が空になったのを見計らって、先生は聞いてきた。
普段、コーヒーなんて、あまり飲まないけど・・・・
「あ、はい・・・・」
これで何か、話すきっかけが生まれるなら、と思った。
「ミルクと砂糖は?」
「あ、少し、入れてください」
「了解、」
そうやって微笑まれると、可能性がないって分かってても期待してしまう。
自分が一番、先生に近い生徒なんだって勘違い、してしまう。
そんなの絶対、有り得ないのに・・・。
コーヒーを入れる先生の後ろ姿を盗み見る。
背が高くて、スラッとしてる。
だからか、白衣姿も様になっていて、かっこいい。
顔も整っていて、いつも黒縁眼鏡をかけているけれど、それもよく似合っている。
そのため、一部の女子生徒たちの間ではかなり人気があるみたいだ。
話も面白いし、スポーツもできるから、男子生徒とも仲が良い。
それに加えて誰にでも分け隔てなく優しいなんて言ったら、非の打ち所もない。
私にはやっぱり、ハードルが高すぎる。
「はい、どーぞ」
「あ・・・どうも」
「熱いから、気をつけて」
紙コップに入ったそれに、口をつける。
砂糖の量も、ミルクの量も、ちょうど良い。
なにより、先生が私だけのために入れてくれたんだという事実に、胸がいっぱいになる。
「・・・どう?」
私の顔色を伺うような、不安そうな顔。
こういうとき、笑って「美味しいです」って言えたら、先生は「良かった」って笑い返してくれるんだろうな。
でも、私にはそんな先生と目を合わせることすら難しい。
「美味しいです」
たった一言なのに、喉が詰まってしまって、ちゃんと喋れない・・・。
何も言えず俯いたまま硬直していると、不意に先生が、私が手にしている紙コップの中を覗きこんだ。
少しだけ、距離が近付く。
「ん、結構減ってる・・・口に合ったみたいで良かった。」
あ、また、嬉しそうに笑った。
私は何も言ってないのに、意図も簡単にそんな私の気持ちを読み取ってしまう。
「美味しいです」の一言も先生に伝えることができなかった自分が情けない。
何か返事をする代わりに、こくりこくり、と精一杯、何度も頷くと、先生は「あははっ、そんなうまかった?さすが俺だな」とさっきより大袈裟に笑った。
子どもみたいに無邪気な笑顔だ。
私には、あまりに眩しすぎる。
「もう分量完璧だから、また入れてやるな」
そんな、何気ない一言が、震えるほど嬉しかった。
まるで、特別扱いされてるみたいだ。
・・・・どうしよう。
先生と話せば話すほど、
どんどん、どんどん
惹かれていく。
もう、止められない。
私の鼓動は、忙しなく、加速を続けている。