花嫁指南学校

 意外にも、母校で学んだ「婦女子の心得」という教科が実社会で生きる上で役に立った。こういう接客業に就いていると良くも悪くも男性の本質を見る機会が多々あり、女性は自分自身をしっかり持っていないと客のペースに巻き込まれてしまう。たとえ自分に何の取り柄も無かったとしても異性に自分を安く売るのはいけない。あたかも自分は手に入れにくい高嶺の花であるかのように振舞うべきであるという恩師の教えを守った。スナックで働き始めて以来、多くの同僚たちが客の誘いにのっては簡単に捨てられていくのを見てきた。幸恵には子どもがいるので、十代の頃のように男に入れ込んで我を忘れるようなまねは断じてできない。

 スナックには幸恵の美貌目当てでやってくる客が多くいた。ある時、店のママが「この子はあの名門カメリア女学園にいたのよ」と暴露すると、それが話題になってますます多くの客を引きつけた。その中の一人には県内で巨大パチンコチェーン店を経営する男もいた。男の名は権藤といった。彼の経営する企業グループは越仁会と呼ばれ、彼はパチンコ店以外にも複数の飲食店を経営していた。彼は一代で越仁会を興した立志伝中の人物で、まだ四十代ながら県内最大のサービス関連企業を所有していた。権藤は出身地である県境の町に豪邸を建てて妻子を住まわせ、自分の活動の中心は幸恵の住む県央地域に置いていた。
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