花嫁指南学校
「芝居を見せたのさ」
「芝居? 芝居って劇団の?」
「そう。シモキタでうちに所属している劇団員の芝居を見せたんだ」
「それで、どうしてそういう気持ちになるわけ?」
普通、芝居を見たらますます女優業に憧れるものではないだろうか。
「あきらめたんじゃない。彼女はこの世界がなかなか手強い世界だとわかったのさ。あの劇団に所属している連中の平均年齢とか平均所得を言ったら、恐れをなしちゃったわけさ。いい歳した連中がバイトしながら演劇やって、芽が出るのはほんの一握りだからな。アイドルになるにしたって同じような苦労をしなきゃならん。『学校さえ続かない人間がこの世界を続けていくのは厳しいよ』って言ってやったのさ。それで彼女は高等部だけでも続ける気になったってわけ」
「へえ、芸能界の厳しさは話してきたつもりなんだけど、やっぱり実感させなきゃダメだったのね」
初谷は上手い持っていき方をしたと理香の母親は感心した。
「できたらそのまま附属の短大まで行って、お見合い結婚してほしいんだけどなぁ」
「お前、多くは望むなよ。高校に戻っただけでも御の字だと思えよ。どうせ俺があの子を追い払ったところで、本当にタレント志望ならよその事務所の門をたたくはずだぜ」
「そうよねえ。あと二年したら、また芸能界に入りたいなんて言い出すかもしれないわね。その時までに気が変わるといいんだけど。私立学校で無償の教育を受けてきたのに、学校の方針に逆らうわけにはいかないわ」
「まあ、その時にはまた俺に相談しろよ。悪いようにはしないからさ」
初谷は一応、血のつながった娘に対する責任のようなものを感じていた。娘の母親に多くを期待されると困るので、それを口には出さなかったが。どうしてもタレントになりたいなら、彼の事務所で手厚く面倒を見てやってもいいと思っている。カメリア女学園を高等部でやめることで、それまでの学費を請求されるようなことがあれば、自分が肩代わりしてやってもいいと考えている。