花嫁指南学校
 女子学生の情報に限らず一般的な個人情報が厳重に保護された現代、個人の居場所をつきとめるには興信所の力を借りるしかなかった。ほんの数行の住所を調べてもらうだけなのに調査費用として二十万円も取られた。アホらしいと思いつつも、自分を裏切った男に一矢報いたい志穂美は言われたとおりの金額を支払った。しばらく外でのランチはやめて弁当を作る生活をせねばなるまい。

 興信所の所員は情報を悪用しないことを条件に女子学生の住所を教えてくれた。彼女は谷野菫という名前だった。志穂美が彼女を呼びつけて不愉快な話を聞かせることも、ある意味情報の悪用かもしれない。だが、倫理的な観点はともかく法的にはとがめられない行為であろう。志穂美がこれから話すことは紛れもない真実の話なのだから、嘘を言って菫を騙すことにはならない。優二のやつにひどい捨てられ方をしたのだから、彼らにはそれくらいの報いを受けてもらってもいいはずだ。志穂美は自分にそう言い聞かせた。それに、優二が既存の恋人を捨ててまで走り、わずか二ヶ月で求婚するに至った小娘の顔を一目拝んでみたかった。

 最高の教育を受け一流の企業に勤める志穂美が、短期大学に通う貧しい恋敵に負けた。若く美しい処女であるということは、エリート女性をも凌駕してしまうほど強い武器になるのだろうか。これは戦後のフェミニズム思想に風穴を開ける保守派の逆襲なのであろうか。谷野菫に恋人を奪われたのは、進歩的な価値観をグラグラ揺さぶられた出来事だった。
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