花嫁指南学校
「今日は忙しいところすまなかったわね」

 志穂美は一応、菫の足労に礼を述べる。

「いいえ。電話で奥村さんのお知り合いだと伺いましたが」

 菫は鈴を鳴らしたような声で言う。

「ええ、そうよ。今日ここにあなたを呼んだのはね、あなたに事実を知ってもらうためなの。私は優二の恋人なのよ。彼から聞いていない?」

 正確には志穂美は元恋人だったが彼女はそのように自分を紹介した。菫は一瞬大きく目を開いたが、すぐにその頭を横に振った。

「そう。私の存在を知らなかったのね。かわいそうな人。優二と結婚できると期待しているみたいだけど、彼は私とも付き合っているのよ。あなたはね、二股を掛けられていたの」

 志穂美は勝ち誇った口調で言う。

「奥村さんがあなたと付き合っている証拠が何かあるんですか」

 菫がたずねる。

「ええ、あるわよ。そうねえ、例えば……」

 そう言って志穂美は、近しい者しか知りえない奥村優二の個人的な情報を羅列してみせた。多分、その中には菫の知らないことも含まれているだろう。なにしろ、志穂美と彼は二年の付き合いがあるのだから、志穂美の知り得た情報量の方がずっと多いはずだ。

「いいこと。あの人はね、二股を掛けるような悪い男なのよ。そんな不誠実な男と結婚したらあなた、心配じゃない? 浮気な男よ。悪いことは言わないからあの人とは別れなさい」

 菫はうつむいて桜色の唇を噛んでいる。いい気味だと志穂美は思った。だが菫は口を開いた。

「私、奥村さんを信じています。だから彼との婚約は解消しません。確かに彼はあなたと付き合っていたのかもしれませんけど、最終的には私の方を選んでくれたからこそ、プロポーズをしてくれたんだと思います」

 なかなか痛い所を突いてくる。

「でもねえ、谷野さん。優二はこの私にも結婚をちらつかせていたのよ」

 正式なプロポーズをされたことはなかったが、以前にそれらしきことをほのめかされたことならある。志穂美はそのことを拡大解釈して話した。

「じゃあ、奥村さんにどちらが本命なのかを訊いてみます」 

「そりゃあ、あなたの前じゃ、あなたが本命だって調子のいいことを言うわよ。彼は二人の女にいい顔をしているのよ。そんないいかげんな態度を取られたら、こっちだって困るわ。もし本当に私よりあなたのことが好きだと彼が言うのなら、私を騙した責任を取ってもらいたいわよ」

 菫は再び口を閉ざした。これだけのセリフを畳み掛けられたら、普通の二十歳の娘はショックで狼狽してしまうだろう。
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