花嫁指南学校
カメリア女学園の敷地内には広い庭園があり、その一画にはガラス張りの温室があった。ちょうど今時分、温室の中ではたくさんのバラが咲き誇り、その甘い匂いを室内に漂わせている。
先日、恵梨沙はあたかもミツバチのようにバラの花々に引き寄せられた。温室に近づくと、彼女の目には信じられない光景が飛び込んできた。透明なガラスの中にはうっそうと観葉植物が生い茂り、その向こう側には見慣れた二人の人物の姿があった。
「二日前、あなたは温室で藤本先生と会っていたわね」
藤本清子は寮職員でヘアメイクとスタイリストを兼務している。彼女は学生の盛装を手伝うだけでなく美容全般のアドバイスをしている。二十代後半だが自ら実践する美容法のお陰で実年齢より五歳は若く見える。艶やかでこしのあるロングヘアは彼女の高いヘアケアスキルの賜物である。
「ええ。そうよ」
陶子は振り返り、事も無げに言う。
「温室にバラを見にいったら、ちょうどそこに先生がいらしたのよ」
藤本は化粧品メーカーと提携してバラ水の化粧水を作っている。彼女は温室でその原料となるバラを栽培しているのだ。陶子はまたドアの外へ出ていこうとする。
「温室で先生と偶然会って、そこでキスをしたというわけ? それも偶然だったと言うの?」
恵梨沙の言葉が陶子を引きとめる。あの日、温室の木立の間から二つの人影が重なっているのが見えた。
「陶子。私たちの同居生活はこれで二年目よ。これだけの付き合いなんだから教えてくれたっていいじゃない。あなただって私が秘密を守る人間だってわかっているでしょう。私はあなたのことが好きよ。あなただって私のことを憎からず思っている。なのにそこまで白を切られると悲しくなってしまうわ」
恵梨沙の灰色の目が潤んでいる。
「恵梨沙」
陶子は振り返ってルームメイトの目を見た。
「少し待ってくれないかしら。まずはお風呂に入りたいのよ。話はその後にしましょう」