不実な夜の向こう側
「……主任、こそ。こないだだって、会社に乗り込んで来た女性もいらっしゃったじゃないですか」

「ああ、あれな……」



呟きながら、沖田はどこか面倒くさそうな顔をする。

実際、面倒くさいご婦人だったのだ、その方は。

わざわざ自分の交際している男の会社に乗り込んで、受付で喚き散らして。

ちょうどみちるとふたり外に出ていた彼は、正面玄関を入ったところで、ばっちりご婦人と出くわした。

沖田の姿を認めたとたん、彼女はツカツカとハイヒールを鳴らしながらこちらに近付いてきて。

曰く、別れたくないだの、私は認めないだの、愛してるって言ったくせに、だの。

ぴっちりプレスされた彼のスーツに掴みかからんばかりだったから、慌てて止めようとしたみちるにまで、彼女の怒りは飛び火して。

今度はこの女なのね、この女狐、どうせあんたもすぐ捨てられるわよ、等々。

呆然とするみちると心底迷惑そうな顔をした沖田の目の前で、間もなくご婦人は守衛に連行されて行った。

しばらく社内は、その出来事の話で持ちきりだったのだ。


当時のことを思い出し、あれは恐ろしい女だったと再確認している彼女の真上で、はぁっと沖田がため息を吐く。



「あれはな、うん、俺が悪かった」



あっさり自分の非を認めた彼に、みちるは意外だとばかりに眉を上げた。

だけども不意に彼が、耳元に唇を寄せてきて。──思わず身体を硬直させる。
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