マッタリ=1ダース【1p集】
◆1ダース
第1話、クレヨンで綴るハーモニー
「ねぇ、お兄ちゃん」
ある日の昼下がり。
公園の噴水の縁に寝そべり、私が昼寝をしていた時の話である。
スケッチブックを抱えた少女が、私に話し掛けてきた。
「君は誰だい?」
私は身を起こして尋ねた。
「私と結婚して欲しいの」
「結婚? 君とかい?」
「そうよ」
「そうか……。結婚ねぇ」
暇を持て余していた私は、どこからともなく現れた少女の話に付き合った。
やがて、少女はスケッチブックを開く。
「この絵を見て」
私は自分の目を疑った。
そこに描かれていたのは、紛れもなく私の自画像だった。
「そのスケッチブック、もしかして、僕のものじゃないか」
「やっと思い出してくれた?」
「すまないが、次の頁を捲って貰えないか」
少女は次の絵を見せた。
次々と頁を捲る。
私は驚いた。少年の頃に描き続けていた、隣人の女の子だったのだ。頁を捲るたびに、描かれた少女が成長してゆく。
「もう気付いてくれたでしょう?」
私は言葉を失った。
少年時代からの幼馴染みであった少女が、目の前にいるではないか。
「でも、どうして……」
私の幼い記憶の中で、少女と結婚の約束をしていた事が、鮮明に蘇った。
「あの約束の瞬間から、私の時間は止まってしまったのよ」
少女は私にスケッチブックを手渡した。裏紙には少女と私の名前が、平仮名で仲良く並んで書かれていた。
私はそこで、現実に引き戻された。噴水で寝ていたところを、買い物を終えた妻に叩き起こされたのだ。
妻の姿が少女と重なり、先ほどまでの情景は、幻の如く消えた。
──私達は否応なしに社会に晒され、大人に成らざるを得なかった。そして時が流れ、私は妻の買い物を呑気に噴水で待つ身になったのだ。
今更だが、娘がお腹のお肉にしがみ付いて眠っている。本当に気持ち良さそうだ。
「あら、眠ちゃったのね」
「そうみたいだな」
買い物袋を側に置いて、妻は私の横に腰掛けた。妻が時折見せる、あの頃の少女の面影が、見え隠れした。
「何でそんなもの持ってきたの?」
妻は私の傍らにあるスケッチブックを見付けた。
「ああ、これかい? たまには君と一緒に、頁を捲ろうと思ってさ」
おしまい
ある日の昼下がり。
公園の噴水の縁に寝そべり、私が昼寝をしていた時の話である。
スケッチブックを抱えた少女が、私に話し掛けてきた。
「君は誰だい?」
私は身を起こして尋ねた。
「私と結婚して欲しいの」
「結婚? 君とかい?」
「そうよ」
「そうか……。結婚ねぇ」
暇を持て余していた私は、どこからともなく現れた少女の話に付き合った。
やがて、少女はスケッチブックを開く。
「この絵を見て」
私は自分の目を疑った。
そこに描かれていたのは、紛れもなく私の自画像だった。
「そのスケッチブック、もしかして、僕のものじゃないか」
「やっと思い出してくれた?」
「すまないが、次の頁を捲って貰えないか」
少女は次の絵を見せた。
次々と頁を捲る。
私は驚いた。少年の頃に描き続けていた、隣人の女の子だったのだ。頁を捲るたびに、描かれた少女が成長してゆく。
「もう気付いてくれたでしょう?」
私は言葉を失った。
少年時代からの幼馴染みであった少女が、目の前にいるではないか。
「でも、どうして……」
私の幼い記憶の中で、少女と結婚の約束をしていた事が、鮮明に蘇った。
「あの約束の瞬間から、私の時間は止まってしまったのよ」
少女は私にスケッチブックを手渡した。裏紙には少女と私の名前が、平仮名で仲良く並んで書かれていた。
私はそこで、現実に引き戻された。噴水で寝ていたところを、買い物を終えた妻に叩き起こされたのだ。
妻の姿が少女と重なり、先ほどまでの情景は、幻の如く消えた。
──私達は否応なしに社会に晒され、大人に成らざるを得なかった。そして時が流れ、私は妻の買い物を呑気に噴水で待つ身になったのだ。
今更だが、娘がお腹のお肉にしがみ付いて眠っている。本当に気持ち良さそうだ。
「あら、眠ちゃったのね」
「そうみたいだな」
買い物袋を側に置いて、妻は私の横に腰掛けた。妻が時折見せる、あの頃の少女の面影が、見え隠れした。
「何でそんなもの持ってきたの?」
妻は私の傍らにあるスケッチブックを見付けた。
「ああ、これかい? たまには君と一緒に、頁を捲ろうと思ってさ」
おしまい
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