マッタリ=1ダース【1p集】
第10話、カギアナ
それは、午前二時の出来事だった。
ガチャガチャと掻きむしるような物音が聞こえ、民子は目を覚ました。
ここは古いアパートの二階の一室だ。
民子は食品加工を行っている工場でパートタイマーとして働きながら、一人分の生計を立てていた。別居中の夫との離婚調停が縺れ、心身ともにくたくたの毎日であった。
物音はどうやら隣部屋の新浜さんの方から聞こえた。ここに入居する時の大家の話によると、働きながら大学に通っている若い女性とのことだった。面識もないが、このアパートに住人達は、みんなそんな希薄な感じだ。
それにしても、物音がひつこく続いた。民子は布団からムックリと体を起こすと、入り口から隣の様子を伺うことにした。
自分の部屋のドアを開けると、そこには新浜さんのドアの前で、鍵穴にカギを差してガチャガチャさせている若い女がいた。
「どうかしたんですか」
民子はこのアパートで、初めて住人に声を掛けた。月明かりの中で振り向いた女は、OL風の服装だが、茶髪に青白い顔をしていた。
「あっ、すみません。煩かったですか? 私、一つでは不便だったので、大家さんに最近合いカギを作って貰ったんです。そしたら家を出る時はちゃんとカギを掛けられたんですが、今度は開かなくなっちゃって」
「あら、そうなの」
民子は部屋から懐中電灯を取って来ると、女の覗き込んでいる鍵穴を照らした。
「あら、鍵穴に何か詰まってるわよ。紙屑ね」
民子は鍵穴から垂れ下がっていた紙屑を取り除くと、女の持つ合いカギを差し込んだ。滑らかな鋸のように、奥まで入った。
「これで大丈夫ね」
「こんな夜中に助けて頂き、ありがとうございました」
「いいのよ。何だか世の中、寂しいじゃない。どんな形であれ、誰かと知り合えて良かったわ」
民子はそう言うと、自分の部屋へ戻った。
次の日の朝。民子は休みの日だった。
隣の部屋が、どうにも騒がしい。
警察の事情聴取で知ったことだが、若い女性が多量の睡眠薬を服用し、自殺したらしい。死亡したのは、隣の住人、新浜京子。後から見たニュース番組の映像と、かなり雰囲気が違う。
そうだ。
映像では明るい笑顔だった。
警察には、ありのままを話した。
また、民子は一人になった。
完
ガチャガチャと掻きむしるような物音が聞こえ、民子は目を覚ました。
ここは古いアパートの二階の一室だ。
民子は食品加工を行っている工場でパートタイマーとして働きながら、一人分の生計を立てていた。別居中の夫との離婚調停が縺れ、心身ともにくたくたの毎日であった。
物音はどうやら隣部屋の新浜さんの方から聞こえた。ここに入居する時の大家の話によると、働きながら大学に通っている若い女性とのことだった。面識もないが、このアパートに住人達は、みんなそんな希薄な感じだ。
それにしても、物音がひつこく続いた。民子は布団からムックリと体を起こすと、入り口から隣の様子を伺うことにした。
自分の部屋のドアを開けると、そこには新浜さんのドアの前で、鍵穴にカギを差してガチャガチャさせている若い女がいた。
「どうかしたんですか」
民子はこのアパートで、初めて住人に声を掛けた。月明かりの中で振り向いた女は、OL風の服装だが、茶髪に青白い顔をしていた。
「あっ、すみません。煩かったですか? 私、一つでは不便だったので、大家さんに最近合いカギを作って貰ったんです。そしたら家を出る時はちゃんとカギを掛けられたんですが、今度は開かなくなっちゃって」
「あら、そうなの」
民子は部屋から懐中電灯を取って来ると、女の覗き込んでいる鍵穴を照らした。
「あら、鍵穴に何か詰まってるわよ。紙屑ね」
民子は鍵穴から垂れ下がっていた紙屑を取り除くと、女の持つ合いカギを差し込んだ。滑らかな鋸のように、奥まで入った。
「これで大丈夫ね」
「こんな夜中に助けて頂き、ありがとうございました」
「いいのよ。何だか世の中、寂しいじゃない。どんな形であれ、誰かと知り合えて良かったわ」
民子はそう言うと、自分の部屋へ戻った。
次の日の朝。民子は休みの日だった。
隣の部屋が、どうにも騒がしい。
警察の事情聴取で知ったことだが、若い女性が多量の睡眠薬を服用し、自殺したらしい。死亡したのは、隣の住人、新浜京子。後から見たニュース番組の映像と、かなり雰囲気が違う。
そうだ。
映像では明るい笑顔だった。
警察には、ありのままを話した。
また、民子は一人になった。
完