マッタリ=1ダース【1p集】

第20話、続・旨い酒

 西海ルイ子は立候補を届け出、選挙事務所を立ち上げた。

 どこから聞き付けてきたのか、見知らぬ老若男女がボランティアとして十人ほど集まってきた。

「どこのどいつとも分からない輩ですよ。不況で集まって来たんじゃないですか」

 幼馴染みの虎吉はそう言うが、例えそうでも、人手が足りない事実があった。

 地元の権力を牛耳っている現職市長に盾ついて、応援する者などいなかったのだ。

 現職市長、阿南宗助は七十才。前職の地盤を継ぎ、無投票で三期務めていた。利益誘導を重視する市政は、度重なる有力企業の誘致を行い、一時的な人口の増加に貢献したものの、町を荒廃させる要因となった。

「アイツら、よく働きますよ。無駄口もないし……」

 街頭演説から戻ってきたルイ子に、ボランティアを指差し、虎吉が言った。

「無駄口って言うより、無口じゃないの」

 言われてみれば、そうだった。なんて無口な連中なんだろうと、虎吉は思った。

「ところで、今日の商店街はどうでした?」

 再び虎吉はルイ子に向き返る。一目で芳しくないことが判った。

「それがね……、向かい通りにやって来た現職の宣伝カーに掻き消されちゃった」

 気丈に笑うルイ子だった。虎吉にはポッキリとルイ子の心が折れてしまわないか心配だった。

「ねえ、虎ちゃん。汚れた浜を、町を……きれいにしよう、っていうアタシの願いは、甘ったれてるんかなぁ」

 その夜、事務所の中でぼそりとルイ子が溢した言葉だった。虎吉とボランティアたちの手が止まる。

「あ、君たち、今日はもういいよ。ご苦労様」

 異変を察した虎吉がボランティア達を追い立て、扉を閉める。

「ルイ姉、今日はもう休んで下さい」

 虎吉が促すと、いつもは言うことを聞かないルイ子が、素直に従い帰っていく。虎吉は、お疲れ様……すら言えなかった。


「おはよう!」

 翌日の朝、ルイ子が元気よく入ってきた。

「虎ちゃん聞いてよ。昨日夢を見てね、あのボランティアの正体が分かったの」

「はぁ?」

「海よ。自然……、彼らの支持を受けていたのよ!」

 意味がよく分からないが、とにかく元気になって安堵した。

 ほんのり赤いルイ子の頬を思うと、また旨い酒を飲めそうである。
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