マッタリ=1ダース【1p集】

第39話、貼り付く女

 これは私が、大学生だった頃の話である。

 ある駅ビルの地下に、広い自転車置き場があった。とても便利なため、倍率も高かったのだが、幸運にも一度で抽選を勝ち抜き、契約することが出来た。

 むき出しの配管と、シミだらけの黒ずんだコンクリートに囲まれた空間。立地条件を除き、特に良いことはないが、高々、自転車を置くだけである。屋根があれば十分だった。


 さて、そんなある日のこと。飲み会の帰りだった私が、くすんだ瞳で時計を見ると、深夜十ニ時を五分ほど回っていた。


「……ん?」


 自分が立てる唯一の足音に耳を傾けていた時、突然、背後に人の気配を感じた。

 これは……女だ。それもとびきりの美人。曲がりなりにも生きてきた男の性がそう断言させる。


 最近恋人のキヨミにもフラれ、他の男の元へと走ってしまった。

 その憂さ晴らしもあってか、飲み会では惨々、食べ散らかした挙げ句、お腹にガスが溜まってしまった。実のところ、密かに放屁しようとしていたのだ。人の気配を感じ、慌てて我慢する。


 気配は背中にピッタリとくっついていた。背後というより、張り付いている感じだ。


 ところで、よく間一髪でオナラが止まったものだ。すぐに少しずつ出そうとも考えたが、この距離では誤魔化しようがない。


 ──通路を曲がった時だった。私の名前を呼んだような気がした。

 チラリと女の方を見る。


「シュウちゃん……」


「キヨミ?」


「アタシ……、死んじゃったの。ケンジにボコられちゃった」


 顔じゅう赤黒く腫れ上がり、歯が抜け、でれーっとした笑顔がこぼれる。赤い服を着ているせいか、汗をかいたように何かが滲んでいる。


 背筋が凍りつく。


「ゴメンね。これからは、ずっと一緒だからネ……」

 キヨミはそう言うと、目の前で、スゥと消えた。



 キヨミが出て行こうとした時、私は執拗にすがった。それは、相手の暴力のウワサを耳にしていたからだった。たといフラれたとしても、嫌な予感がしたのだ。


 数日後、撲殺された無惨なキヨミが、男の部屋から見付かった。


 あれから数年が経った。

 社会人になった今も、時折、私はキヨミを感じることがある。
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