Glass slipper☩シンデレラボーイは甘く永遠に腹黒に☩
事故直後は一般常識でさえもところどころ抜け落ちて生活も覚束なかったけれど、現在は普通に社会生活が出来る程に回復している。
しかし彼女を愛していた記憶はまるで蘇らない。
記憶が蘇らないまでもあれほど魅力的な女性だ。
一から付き合い直せばいい。
彼女も記憶を失った僕を慮ってそう言ってくれてるし。
だけど、まるで興奮も興味も湧かないんだから。
今日も今日とて、フィギアの進捗を伺いに来所がてら僕の所へ来て夕食を誘ってきたマエリさんに『今日は須藤と呑みに行く約束をしてるので。』と咄嗟に口から出まかせを言っていた。
隣に居て唐突に巻き添えを食らった須藤は若干嫌そうな顔をしたものの、話を合わせてくれて、現在に至る。
…さすが友人というだけある。助かります。
「なんだ。まだ手を出してないのか。」
お猪口を揺らして鼻で笑う須藤は全く人事のようで、僕は軽く睨む。
「出してませんね。記憶を失っているとはいえ僕だって健全な男ですからヤッてヤれない事は無いと思いますけど。まるでその気になれなくて…。」
僕が断る度にマエリさんには
『男性はナイーブですものね。事故にあったばかりで、そう言う事もありますわ。』
と微妙に検討違いな慰めをされるけども。
誘われる度に断るのも億劫で、…いっそ最近はデートの誘いですら憂鬱だ。
ホラ呑め、と須藤が遠慮もなしに空になっていた僕のチュウハイのグラスに並々と日本酒を注ぐ。
僕はその表面張力気味の水面を見るとはナシに見詰めた。
さきほど“最大級の悩み”と言ったけれど…
本当はもっと重大且つショッキングな悩みがあるんだから…。
ぅわぁぁぁぁぁ、と声にならない叫び声を上げて僕は頭を抱えた。
「本当に僕はどこかオカシイんでしょうか…っ!?恋人に感じない欲望をよりにもよって姉に感じてしまうなんて…!」