【短編】友達彼氏
私の手は大人しく、服の裾から離れた。
ぶらんと空を裂いた行き場のない右手。
それを、ただただ虚しい気持ちで見下ろす。
牧瀬の背中が微かに動いたのが、目に入った。
こつ、こつ、
彼は決して振り返らないまま、冷たい靴音を鳴らし、階段を一段一段下りていく。
どんどん遠ざかっていく、背中。
ほんの数秒前まで、目の前にあったはずなのに。
私が手放したのか、それとも、手放されたのか。
よく分からないけど、何故だかその背中を追いかけるような気にはなれなかった。
もうついてこないで、と訴えかけられているようで・・・なんだろう。
ほんの少し、寂しいのかもしれない。
こんな気持ちだけ残して離れていくなんて、何を考えてるんだろう。
ありとあらゆる文句は浮かぶのに、それを吐き出すこともできない。
牧瀬はいつも、当たり前にそばにいたから。
なんだか、空っぽになったみたいだ・・・。